現代のテクノロジーは、しばしば「裕福な白人」を潜在的なユーザーとして想定しています。より多くの人や地域に合ったソリューションをデザインするにはどうすればよいでしょう?
そのためには、まず開発者やデザイナーが背景や経験、収入の異なる多様な人々と関わることが必要だと、デンマークのリサーチ&デザイン研究所 SPACE 10は考えています。(以下、SPACE 10のJournalより転載)
必要は発明の母である──。メキシコシティの人々は、新型コロナウイルス感染症のパンデミック初期にこれを身をもって体験しました。
2020年4月、メキシコではたった1カ月で1,250万人が失職しました。その影響を偏って受けたのは、最も弱い立場にある労働者たちです。特にメキシコシティでは、レストランの閉鎖が急増。いつもは賑やかなフォンダ(家庭的な食事を提供する家族経営の大衆食堂)が、異常なほどの静けさに包まれました。
顧客を獲得するために創意工夫を求められた飲食店のオーナーたちは、WhatsAppやFacebookといったオンラインプラットフォームを使って食品を販売し始め、徐々に不況を乗り切るための顧客を得ました。メキシコシティに住む人々にとって、これはアプリの新しい使い方でした。しかし、そうした技術的なハックはメキシコの人々にとって馴染みのあることなのだと、地元のデザイナーであるホセ・ロドリゴ・デ・ラ・オー・カンポスは語ります。
「テクノロジーが開発された国とメキシコの背景や文脈はしばしば異なります。そのため、メキシコ人は自らのニーズに合わせて、開発者が意図していなかった方法でテクノロジーを活用することが多いのです」
「バブル」の中にいる開発者たち
世界で見られる文化的および社会経済的な背景の違いは、テクノロジーに対するニーズの違いを生み出します。それにもかかわらず、現代のテクノロジー開発者の多くはある種の「バブル(泡)」の中に閉じこもっており、「裕福な西洋人」にしか当てはまらない特定の現実に基づいてアイデアを構築していると、カンポスは指摘します。つまり、さまざまな背景や文脈が、デザインや開発の段階でごっそりと抜け落ちているのです。
「いまあるテクノロジーのほとんどは、一部の場所で、一部の属性をもつ人たちが、自分たちの文化や文脈に合わせて開発したものにすぎません」と、カンポスは語ります。「そうした開発者の多くはシリコンバレーやヨーロッパにおり、世界の大半を占める開発途上国の人々のことは念頭にありません」
この問題について、人間らしいユーザー体験や特権的な視点からの脱却を研究するデザイン倫理学者であり、GoogleやTwitter、Uberといった大手テック企業と仕事をしてきたナンシー・ドゥイヨンはこう話します。「これまで多くの大企業と仕事をしてきましたが、こうした企業は『世界のために何かをつくる』ことについて、かなり西洋的な視点をもっていました。異なる経験は背景をもつ他者に配慮したデザインとは本来どのようなものなのか、真剣に考える必要があるでしょう」
こうしたバイアスに打ち勝つために必要なのは謙虚さなのだと、ドゥイヨンは話します。
「力や権力を持つ人たちの中には、自分の無意識のバイアスに気づいていない人もいます。つまり、自分が何を知らないのかさえわからないということです。自分が知っていることがすべてではないと認識できれば、より良いデザイナーになれるでしょう。他者が語る物語には、個人が知りうる限りある知見をはるかに上回る価値があるのです」
メキシコの人々が危機のさなかにWhatsAppを使って取引しているという事実は、開発者の視野の狭さの表れなのかもしれません。しかし、そうした取り組みがあること自体は祝福されるべきでしょう。いつか開発者がこうした草の根的な行動を認識し、標準機能として採用するようになるのでしょうか?「こうした非常に基本的なニーズが市場で満たされるまでには、非常に長い時間がかかります」と、カンポスは話します。
よりよい方法を求めて
疎外された人々の需要を満たし、関連した課題を見つけるために、デザイナーはどのようなアプローチを取れるでしょう? SPACE10のリード・デザイン・プロデューサーであるジョージーナ・マクドナルドは、そもそもそうした認識がなぜ欠けているのかを理解することからすべては始まると話します。
「シリコンバレーはどんどん目新しさに執着するようになっています。未来の技術や、摩擦のないメタバースなどがその例です。『月を目指すぞ!』というような物語には誰もが心惹かれますが、バーチャル世界が避けられない気候変動の要因に対処したり、人間の根本的なニーズに対応することはありません」
変えるべきはその点です。テクノロジーの開発者たちは、技術的に可能なことを増やすのに夢中になり、人間や環境といった側面を失念してしまうことがあるのです。
先端技術は文脈によって異なる意味をもつということを意識すべきだと、SPACE10のコンセプト責任者であるライアン・シャーマンは話します。「テクノロジーは最も身近なニーズに対応するためのツールであるという本質を、わたしたちは忘れがちです」と、シャーマンは言います。「ニーズを満たすツールというのは、ある人の視点から見ればソーシャルメディアやAIかもしれませんし、別の人の視点から見れば火を起こすことかもしれません。すべてはその人がもつ文脈次第なのです」
良いデザインは現場で生まれる
77カ国でのUberのサービス展開を助けた経験をもつドゥイヨンは、ひとつのサービスを別の文化に適応させられれば、そこからさらに他の場所で機会を生み出すパターンが形成されると説明します。
「過疎地や疎外されたコミュニティに最初から意図的に配慮することで、後々スケールアップが可能になります。より多くの人々を包含することを学べば、アクセシビリティをより多くの人々に提供でき、つながりを築けるのです。そうすれば、あなたのアイデアや機会によって人々の平等を促進し、インクルージョンを向上させられるようになるでしょう」
では、デザイナーはどのようにして視野を広げ、人間の複雑さに対応する包括的なツールを開発できるのでしょう?「『より快適な毎日を、より多くの方々に』をミッションに掲げるイケアと協業するSPACE10の主な目的のひとつは、そのミッションを新しい方法で実現する方法を見つけることです」と、シャーマンは語ります。「真空の中で作業を行うほど、失敗の可能性は高まります。だからこそ、SPACE10ではレジデンシープログラムやポップアップを実施し、作品をオープンに公開し、世界中で増え続けるコラボレーターたちと協力することで、イノベーションに対する包括的で協力的なアプローチを積極的に育もうとしているのです」
背景や経験、収入の異なる多様な人々と関わることで、デザイナーはソリューションの潜在的な利用者のニーズにより的確に応えられるようになります。リサーチ、アイデア出し、プロトタイピングは、現場で行なわれる必要があるのです。
「メキシコシティで実施したポップアップイベントの会場では、地震が起きやすく、不安定な建物がいくつもある都市に住んでいることへの懸念の声が多く聞かれました」と、シャーマンは言います。「分野横断型のハッカソンを実施した際には、建物のなかの脆弱な部位を特定し、強化できるようにするテックベースの解決策を思いついた参加者もいましたね」
ハッカソンのようなツールやインフラの立ち上げは、人々が自分たちで独自の解決策を考案しやすくします。「こうしたイベントを実施するのは、どうすればよりインクルーシブな技術をデザインできるかを考えるためです。真のニーズを把握するためには、デザイナーや開発者が外に出て、人々と交流することがとても重要なのです」
人々のニーズを理解するのはスキルである
現代のデザイナーたちが人のためにデザインをしたら、どのようなものが生まれるのでしょう? カンポスが真っ先に例として挙げたのは、非営利団体イスラ・アーバナの取り組みです。イスラ・アーバナは、住民が自分の家で雨水を採取して濾過できるシステムを開発し、メキシコシティで大きな話題になりました。
「イスラ・アーバナは、派手なプロジェクトへのこだわりを捨て、実用的なものをつくりあげた組織の好例です」と、カンポスは話します。「家に設置できる大きな浄水器は、決して見た目が美しいとは言えませんが、水の確保に悩むメキシコの多くの人々にとってはまさに天の恵みです。イスラ・アーバナはいま、メキシコ政府から資金援助を受けてこのシステムの実装に動いています」
ここで覚えておくべきは、「優れた技術は派手でなくても役に立つ」ということなのだと、カンポスは話します。
「生徒達には『シリコンバレーにインスピレーションを求めるのはいいが、そうする必要がない場合も多い』と言い聞かせています。目の前の事象を見て、分析し、ニーズを見極める。これこそが本当のスキルであり、それができるようになるまえには練習が必要になるのだと。大変ですが、これができるようになれば、新しいチャンスに触れ、真のインパクトをもたらすテクノロジーのアイデアを得られるようになるでしょう」
そして、これは意図的に行なわれなければなりません。
「世界が滅びるまで待っているのはやめましょう」と、ドゥイヨンは付け加えます。「自分たちが無知であることを認め、プロセスの早い段階で洞察を得ましょう。そこで得た洞察をもとに、プロジェクトの軌道を描いていくのです」
Credits
José Rodrigo de la O Campos(ホセ・ロドリゴ・デ・ラ・オー・カンポス)
delaO design studioの代表であり、メキシコシティのTec de Monterreyのデザイン部門の地域ディレクター。デザインに対する認識論的なアプローチで社会におけるデザインの役割を研究し、テクノロジーが社会に与える未来の可能性を可視化している。
Nancy Douyon(ナンシー・ドゥイヨン)
デザイン倫理学者、テック企業のエグゼクティブ、起業家。世界的なUXコンサルタント会社であるDouyon Signatureの最高経営責任者(CEO)としてフォーチュン500掲載の大企業をクライアントにもち、企業が責任あるイノベーションを取り入れ、アクセスしやすく、公平で、包括的な製品やサービスを生み出すのをサポートしている。これまで20年にわたり、GoogleやIBM、Intel、Uberといったテック企業が製品設計にヒューマンエクスペリエンスを取り入れるのを手伝ってきた。また、3000人以上の黒人開発者たちが参加するBay Area Blacks In Techグループの代表も務めている、
Ryan Sherman(ライアン・シャーマン)
デザイン、ストーリーテリング、スペキュラティブな未来の交差点を探求するクリエイティブ・ディレクター。SPACE10ではコンセプト開発責任者を務める。
Georgina McDonald(ジョージア・マクドナルド)
SPACE10のリード・デザイン・プロデューサー。人と空間の相互作用を高め、日常生活を向上させる方法を探究しており、SPACE10とIKEAによるデジタル実験シリーズ「Everyday Experiments」も率いる。
デンマークのコペンハーゲンに拠点を置くリサーチ&デザイン研究所。人類と地球に影響を与えるであろう大きな社会変化に対する革新的な解決策を研究・デザインするという目的のもと、2015年に設立された。
常に自分たちよりも賢い人たちと一緒に仕事をすることを大切にしており、世界中の先進的な専門家やクリエイターのネットワークと連携してプロジェクトに取り組んでいるほか、研究結果やアイデアはすべて公開されている。また外部の人々と交流し、想像力を刺激し、視点を多様化するために、展示や講演会、ディナー、上映会などを定期的に開催している。
https://space10.com