SPACE10

SPACE10は、人の暮らしと地球の環境を改善するために2015年、デンマーク・コペンハーゲンに創設されたリサーチ&デザイン研究所。

SPACE10が研究しているのは、近い将来に人類と地球の環境に影響をおよぼすと予想される主要な社会的変化について。これらに対する革新的な解決策を見出すためのリサーチとデザインを行っています。

SPACE10はつねに「自分たちよりも賢い人たちと一緒に仕事をする」ことを心がけています。そのため、世界中の先進的なスペシャリストやクリエイターのネットワークと連携してプロジェクトに取り組み、研究結果やアイデアをすべて公開しています。また、定期的に展示会や講演会、ディナー、上映会などを開催。人々と交流し、想像力を刺激し、視点を多様化させ、私たちのミッションを前進させることを目指しています。

Written by Steph Wade

新型コロナウイルス感染症のパンデミックが始まってわずか1年の間に、私たちは「解決不可能な課題」などないことを学びました。本記事では、より優れた都市の設計、建設、住居、共有のあり方を提案したSPACE10の書籍『The Ideal City(原題)』(理想の都市)で描いたアイデアを発展させ、人類と地球の両方の未来を守るため、より安全な都市への移行を促進するこのチャンスについて考察します。

気候変動の加速、コロナウイルスのパンデミック、世界的な政治・社会不安。2020年は、これらの3重の危機に見舞われた年として歴史に残るでしょう。特にパンデミックは、世界中の都市の姿を変え、さらに経済格差の拡大医療体制の逼迫清潔な水の欠如、基本的な手洗い設備の不足といった直接的な影響のみならず、食料危機などの間接的な被害ももたらし、この社会が抱えるもろさを私たちに突きつけました。

しかしそれでも、大きな変革を起こすチャンスがあるとすれば、それは今なのです。

たった1年の間に、行動を起こすことの必要性が強く訴えられるようになりました。世界が激変したことで、人々の日常は大きな混乱に陥りましたが、同時にそれは私たちを強制的に立ち止まらせ、何が大切であるかをよく考えるためのきっかけを与えてくれました。そして、一見困難に見える課題を解決するために、私たちがやるべきことを提示してくれているのです。

VTN Architects社が設計したベトナム・ホーチミン市のアーバン・ファーミング・オフィス。安全な地元の野菜やハーブ、果物が建物の壁面で育てられ、都市に緑を取り戻している。
Photo — Hiroyuki Oki, The Ideal City, gestalten 2021

「変化を起こすためには必要な危機でした」と語るのはコペンハーゲンのGehl社の共同設立者兼CEOであるHelle Søholtです。すべての人にとって公正で、健全かつ持続可能な住居のデザインを手がけるグローバルチームを率いるSøholtは、次のように語っています。「環境に配慮した公共スペースや、皆がより健康的に過ごせる都市を創造するなど、このパンデミックをより早く切り抜けるためにできることはたくさんあります」

コロナ禍によって、予想外の前向きな変化も生じています。医学の飛躍的な進歩、政府間の協力による緊急支援、より優れた衛生習慣を含む新しい生活様式の導入など、人類はこの危機に極めて迅速に対応し、互いの命を守るために総力を挙げた取り組みを推進しているのです。

大規模なワクチン接種によってコロナ後の未来が少しずつ見え始めています。私たちはパンデミックで得た教訓を、自然環境の保護・保全、深刻化した格差の是正、誰に対しても開かれ、安全で、かつ人々が暮らしたいと望むようなコミュニティ作りなどのコロナ以外の差し迫った課題の解決に役立てていかなければなりません。

MASS Design Groupが手がけたGHESKIO結核病院。開放的なデザインによって感染リスクを最小限に抑えるだけでなく、6カ月に及ぶ患者の隔離期間中の心のウェルビーイングもサポート。
Photo — Iwan Baan, The Ideal City, gestalten 2021
中国・ハルビンのチュンリー・ストームウォーター・パークでは、プラットフォームや遊歩道をのんびりと散歩できる。
Photo — Kongjian Yu, The Ideal City, gestalten 2021

コミュニティのウェルビーイング

都市で生活するなかで、地域的なつながりが希薄で、危険などから守られているという感覚が得られない場合、私たちはそこに住み続けたいと本当に思うでしょうか。安全は都市で生活する際の前提条件のひとつです。自身の身体や家、そして暮らしの安全を確保できるという信頼があるからこそ、私たちはその土地に住むようになるのです。「コミュニティのウェルビーイングは、安全な生活の土台です」と語るのは国連人間居住計画のアーバン・プラクティス課の責任者で、持続可能な都市化、安全、紛争、災害からの復興の分野で20年以上の経験を持つ都市計画の専門家Shipra Narang Suriです。彼女が率いる部門では、都市の安全性について、物理的な環境、コミュニティとのかかわりを通じたインクルージョン、積極的な介入といった数多くの側面から統合的かつホリスティックに検討しています。Suriは次のように話しています。「いくつかの問題が今回のパンデミックで顕在化しました。ひとつは、誰かひとりでも感染すれば、私たち全員に影響が及ぶという点です。こうした危機、とりわけ人獣共通伝染病には国境や境界線という概念を当てはめることができません」

Suriは、都市のデザインを通じて、困難や脅威に対してもっとレジリエンスのある社会を創造していかなければならないと指摘します。

「COVIDに対処するために、公正で持続可能な開発を犠牲にはできません。特に、この脅威や危機を乗り越えた後の社会で求められるさまざまなニーズを考えると、公正さや持続可能性なくして成長することは困難です」と彼女は説明しています。

Søholtも同様の見方を示しています。「都市環境は、住民ひとりひとりの健康的な生活様式を支えるものでなくてはなりません」

Turenscape社が設計したチュンリー・ストームウォーター・パーク
Photo — Kongjian Yu, The Ideal City, gestalten 2021

リスクを根本から抑制する

世界保健機関は、コロナ後の未来を見据えた復興を考える際、単に感染症の突発的な発生をコントロールしようとするだけでは不十分だと述べています。また、病気の発生リスクを根本から抑制するためには、人間が環境に与える影響を減らし、人々の生活に不可欠なサービスを拡充しなければならないと説明しています。具体的には、異常気象から身を守る対策の実行、水道や公衆衛生、クリーンエネルギーといった暮らしに欠かせない公益事業への投資、さらに清潔で健康的な公共スペースを設置し、人々の心身の健康を向上することなどが挙げられます。これらはより安全な都市を実現するうえで、特に重要な取り組みとなります。

問題の発生リスク自体を抑えることは、経済的にも社会的にも理にかなっています。現在アメリカだけで、1億6,200万人が洪水、ハリケーン、あるいは山火事の被害に遭うリスクのある地域で生活しています。災害による影響は、物理的な被害だけにとどまりません。米国海洋大気庁は、2020年にアメリカで発生した自然災害による被害総額は950億米ドルを超えたことを発表しました。しかし、より効果的な対策を実行すれば、今後こうした被害の多くは回避できるとしています。どのような対策が考えられるでしょうか? 米国建築科学会は、建築基準法を改正するだけで、被害を未然に防ぐだけでなく、対策にかかるコスト1ドルにつき4ドルの費用対効果が得られ、さらに87,000人分の雇用が生まれるとの試算を出しています。これは、多くの人が居住地からの退去を余儀なくされる事態を回避するとともに、被害を防止しながら、より安全かつ一層魅力的な都市を創造し、地域経済を活性化するための対策のひとつになると考えられます。

今、こうした考えを都市デザインに反映しようと、さまざまな団体による活動や構想が世界各地で展開されています。中国・ハルビンでは、建築・ランドスケープデザイン事務所のTurenscape社が、チュンリー地区の中心の荒れ果てた湿地帯を回復させるために広さ34ヘクタールの公園を設計しました。公園は周辺の市街地から雨水を集水する仕組みを有し、洪水の被害から生態系を守ります。さらに、近隣に暮らす住民が自然に親しめるよう、園内に緑の遊歩道が設置されています。この他にも、水害から都市を守るために、より大きな規模で進められているプロジェクトがあります。気候変動の影響による海面上昇や高潮からニューヨーク市のマンハッタン島を守るため、建築事務所のBjarke Ingels Group (BIG)が設計したのは、長さ約16キロに及ぶ堤防です。堤防は都市を守る機能を果たすと同時に美しい景観を生み出し、市民に憩いの場を提供します。

地面より高い台の上に設置される土製の安全な無煙かまどの作り方を女性たちに教えるパキスタンのチューラプログラム。
Photo — Heritage Foundation of Pakistan, The Ideal City, gestalten 2021

ローカルなかかわり

都市の安全性を確保するには、個々の小さなデザインを改善するだけでは不十分であることは明らかです。私たちはより広く、ホリスティックな視点から都市の建築やランドスケープデザインに取り組む必要があります。こうした考えが特に重要なのは、COVID-19と気候変動の両方から、甚大な影響を誰よりも受けているのが社会経済的に厳しい状況にある人々だからです。アメリカの医療研究ネットワーク、カイザー・ファミリー財団(KFF)は、先住民族、黒人、有色人種がCOVID-19で入院する比率は白人の3倍を超えているとの調査結果を報告しています。国連経済社会局は、気候変動による被害がもっとも大きいのは、発展途上国に暮らし、性別や年齢、人種、階級、カースト、障害を理由とする差別に直面している人々だと指摘しています。

パンデミックは社会の格差を一層拡大しました。Suriはこう問いかけます。「私たちは人々に『手を洗いましょう』としきりに呼びかけます。でも水がなければどうしたらいいのでしょうか? あるいは『お互いに距離を保ちましょう』と言います。でも1部屋しかない家に10人が暮らしていたらどうしますか?」

だからこそ、適切に作られた手ごろな価格の住宅と清潔な水があり、より安全なインフラと優れた医療制度が整備されたインクルーシブな都市の建設がとても重要なのです。

そのために不可欠となるのが地域の人々とのかかわりです。「パンデミックを経験した私たちは、地域のニーズを聞き、その文化を理解しながら、コミュニティとの新たな連携のあり方を学んでいるところです」とSøholtは語ります。こうした発想に基づき、パキスタンの農村部ですでに実施されている事例があります。住民自身の手によってコミュニティの力を発揮することを目指すチューラプログラムです。それは、5世帯中4世帯が清潔で安全な調理用設備を持っていない地域で暮らす人々が、コストを抑えた無煙かまどの作り方をコミュニティで教え、伝えていく取り組み。無煙かまどを導入することで、呼吸器疾患を減らし、貧困を緩和することができるのです。Søholtは次のように説明します。「解決策や知識を共有し、より迅速に人々の暮らしの水準を高めていくことが世界各地で求められています。他にも多くの革新的な取り組みが見られます。こうしたニーズは高く、社会を運営していくうえでの新しい仕組みが必要とされていることが背景にあるでしょう。何とかしなければいけないと皆が行動を起こしており、そのことにとても勇気づけられます」

カナダのユーコン準州ホワイトホースでクワンリンダン・ファーストネーションのコミュニティ安全担当オフィサーを務めるSheilah Sutherlandが、トウヒの木から集めた樹液で香油を作る子どもたちの作業を手伝う。
Photo — Crystal Schick, The Ideal City, gestalten 2021

犯罪防止と更生

安全な都市を実現するためには、環境を保護し、誰もがきれいな空気、水、食料を入手できるようにすると同時に、根深く残る社会的不公平の解消にも注力しなければなりません。ブラック・ライブズ・マターをはじめとする重要な抗議運動は、システミックレイシズム(制度的人種差別)や、これまで国家が是認してきた黒人に対する暴力の終焉を求めています。これらの抗議運動は、人種や階級に対する根深い偏見が存在する事実を認め、それらの撲滅を目指して行動するための仕組みがこれまで以上に必要とされていることを示しています。

今、世界で注目されているのが、カナダ・ユーコン準州の自治コミュニティに暮らす先住民族クワンリンダン・ファーストネーションの取り組みです。従来の警察機能を、地域住民でもあるコミュニティ安全担当オフィサーが一部代替し、コミュニティの住民、警察、行政サービス機関の間に立ちながら地域の安全を促進し、治安を向上するというプログラムです。この活動によって、コミュニティ内の信頼関係と調和が向上しています。警察への予算を削減する一方で、緊張や対立を緩和するための施策に資源を割り当てることで、より安全な社会を実現できることを示す成功例のひとつです。

犯罪の防止は極めて重要ですが、犯罪者の更生も大切です。ノルウェーのハルデン刑務所は最高レベルのセキュリティを誇る矯正施設ですが、受刑者を複雑なニーズを抱えるひとりの人間として扱い、他の刑務所と比べ非常に人道的なアプローチを推進しています。自然があり、太陽の光が注ぎ、木材やレンガなどの資材を用いた環境が犯罪のない未来への道筋を開く助けになるという考えに基づき、ハルデン刑務所は設計されています。このようにノルウェーでは犯罪者の社会復帰に重点をおいているからこそ、アメリカやイギリスと比べ再犯率が3分の1に抑えられているのかもしれません。

Gehl社が手がけたデザイン案に基づき、2020年、サンフランシスコのマーケットストリートの一部が一般車両通行禁止となり、歩行者のための安全な街並みが実現した。
Photo — Diane Bentley Raymond, The Ideal City, gestalten 2021

より大きな希望が輝く未来へ

コロナ禍の前からすでに始まっていたこのような潮流は、パンデミックによってその勢いを増しています。コロナの他にも私たちは、気候変動の加速や格差の拡大といった問題に直面しています。利用できる水道や公衆衛生などのサービスが欠如し、人々の平等な機会が奪われている現状もあります。世界がコロナからの回復に向けて動き出すなか、私たちはこうしたコロナ以外の課題にも対処するため、結束しなければなりません。

ニューノーマルについての議論は終わりにしましょう。私たちは、各国の政府が極めて速やかに足並みを揃えて行動する姿を目の当たりにし、さらに人々が非常に短い時間で自分の行動を変えられることも体験を通じて知ることができました。ですので、私たちの持つ力を結集すれば、今よりももっと希望にあふれる未来をともに創造できると強く信じ、前向きに歩んでいくことができると思うのです。

SPACE10の書籍『The Ideal City: Exploring Urban Futures(原題)』(理想の都市:その未来を探る)は、gestalten社とのコラボレーションにより出版しました。こちらよりご注文が可能です。