Written by Alisa Larsen
SPACE10ではつねに、スタッフのニーズや絶え間なく変化しつづける周囲の状況に合わせ、私たちの働く空間をデザインしています。「ニューノーマル」の時代、そして新しい価値観が定着しつつあるなか、スタッフのウェルビーイングを刺激および促進し、さらに守っていきたいという思いから、今の時代の働き方により適した環境の実現に向け、私たちはコペンハーゲン本部のオフィスのリノベーションに着手しました。
SPACE10は、存続することではなく進化することを大切にしています。パンデミックによって、私たちのニーズや優先事項は変化しました。自宅が突然仕事場になり、子どもたちやパートナー、ルームメイトと空間をシェアする状況が生じたことから、私たちはオフィスのあり方を改めて定義する必要があると感じたのです。
変化への適応力は、SPACE10の組織文化の重要な要素です。2020年の春、私たちはそれまでの日常のやり取りや習慣を、突然オンラインに切り替えるという事態を受け入れるとともに、在宅勤務という働き方を考える機会として活かすことにしました。とはいえ、物理的・社会的な距離を保たなければならないという経験を通じ、私たちはコミュニティコリジョン(コミュニティ内で起こる偶発的な交流)の大切さも一段と認識するようになりました。コミュニティコリジョンは、ハーバードビジネススクールの講師で研究者のChristina Wallaceが命名した概念です。非公式の交流こそが、職場内の信頼関係を築く鍵となることを示す研究結果もあります。こうしたやり取りを通じてお互いをもっとよく知れば、コミュニケーションがとりやすくなり、チームとして意見をよりスムーズにまとめることができるようになります。
制約をつねにチャンスとしてとらえようという発想から、私たちはオフィスが使われていない期間を活用し、仕事場の改装を始めました。SPACE10のデザインプロデューサーであるElsa Dagný Ásgeirsdóttirは次のように述べています。
「とにかく自分たちが納得できることをやり、困難があってもそれを強みに転換していこうとする姿勢は、まさにSPACE10の精神そのものです」
さまざまなスタイルを可能に
テレワークが定着したため、コロナ禍が過ぎ去っても以前のようにフルタイムでオフィスに出勤するという働き方には戻らない可能性があります。2020年に世界各地でロックダウン(都市封鎖)が行われた際、在宅勤務に切り替えた従業員はイギリスで全体の4割を超え、アメリカでは5割に達しました。Gallup社の調査では、5人に3人がフルタイムでのオフィス勤務に戻りたくないと回答しています。
しかし、オフィスで働くことにも、ときに大きなメリットがあります。日々のルーティンを設定しやすく、家族に邪魔されずに業務やミーティング、ブレインストーミングに集中できる空間が用意されているからです。戦略的デザインコンサルティングサービスを提供するPaper Giant社の場所を問わない働き方の広がりに関する報告書によると、在宅勤務の満足度は家庭内の状況の複雑さが大きなポイントのひとつになるといいます。お世話を必要とする家族が多い場合、在宅勤務は自由をもたらすどころか、公私の境目を極めてあいまいにしてしまう可能性があるのです。
在宅勤務の経験を通じ、私たちはSPACE10が多様な人間の集団であり、家庭の状況やニーズもさまざまであることに気づかされました。仕事日にホームスクーリングをしているスタッフもいれば、家族のお世話や介護をしている者もいます。デンマークで暮らし始めたばかりの人や、ルームメイトと生活している人もいます。ロックダウンの期間中、スタッフに自宅の仕事場を写真に撮って送ってもらったところ、多種多様な環境があることが明らかになりました。私たちは、オフィス空間を新たにデザインするにあたって、こうした多様性を尊重したいと考えたのです。
「個人の仕事空間をどう変えたいか、皆から要望を出してもらいました。そしてできる限り多くの希望を実現しました」と語るのはSPACE10の空間デザインの責任者Kevin Curranです。
一部のスタッフはもっとプライバシーが欲しいと考えていたため、仕切りやカーテンを設置し、季節性感情障害のあるスタッフには、それに対応するための昼光色のライトを用意しました。また日中、姿勢を変えられるよう、さまざまな椅子も準備しました。「すべては働きやすい空間を構築するためです」とCurranは話します。
個人やチームのニーズに応えることで、不安定な時代においても当事者意識や、状況を自分たちでコントロールしている感覚が得られ、よりダイレクトにスタッフの心身のウェルビーイングをサポートすることができるのです。
オフィスと家、それぞれの優先事項
オフィスデザインの長年のトレンドは、家のようにくつろげる空間を作ることでした。ところが、コロナ禍のロックダウンの期間中、そうしたトレンドとはまったくかけ離れた要望が出てきたことに、私たちは衝撃を受けました。仕事に集中できる、静かでプライバシーの確保されたオフィス空間の良さに私たちは気づき始めたのです。
私たちは仕事場に個人で利用できる空間と皆で協業できる空間の両方を求めます。SPACE10ではこのふたつをどう両立させたのでしょうか?鍵となったのは、フレキシビリティです。リノベーションを通じて、オフィス空間に流動性を持たせたのです。既存の設備をもとに防音のボックス型スペースを用意し、リラックスしたり、電話をかけたり、精力的に仕事に取り組んだり、さらに昼寝までできる、さまざまなプライベート空間を作り上げました。
前回オフィスデザインを変更した際、私たちは単にその人とって完璧な空間をひとつ作るだけでは不十分であることを学びました。「私たちには複数のスペースが必要なのです。個人で使えるスペースがいくつかあれば、人間工学的にもフレキシブルに動けますし、見える景色に変化をもたらすことができます」とÁsgeirsdóttirは話します。
SPACE10のMakeryは、オープンソースのデジタルファブリケーション研究のための専用工房として長年機能してきました。Makeryで使用していた什器はイタリアのミッドセンチュリーデザイナーでオープンソースデザインのパイオニア、Enzo Mariのデザインをベースにしたものでした。SPACE10が新たな研究分野に進出するなかで、私たちはチームがプロジェクトの期間を通して、誰にも邪魔されず作業に没頭できる拠点となる場を提供したいと考えました。
Makeryの既存のデザインを基盤に、さまざまなプロジェクトのためのポッド(区画)を設置しました。スタッフのニーズを反映した空間にするため、各チームとも連携しました。VRやARの機材を備えたモジュラーテストルームが必要というグループもあれば、クリエイティブプロセスを公開し、チームとして協業しながらアイデアを構築するためのスペースが欲しいという意見も挙がりました。
一連の協業スペースの構想を練るにあたっては、Theo Sachsに協力してもらいました。Sachsは、これまでよりも目立つ色の組み合わせや、よりソフトなマテリアルを用いるアイデアを提案してくれたほか、Enzo Mariの作品であるDIY家具シリーズ《Autoprogettazione》をベースとしたデザインを模索してくれました。Mariのデザインの多くはその図面が公開されており、まさにオープンなのですが、それだけでなく家具の構造がわかりやすいのも特徴的です。Sachsは、Mariの公開された設計図をカスタマイズするかたちで、フレキシブルに使えるシステムシェルフを作成してくれました。そして、物理的な壁を設置するのではなく、このシステムシェルフを使ってスペースを分割することで、企画を考えるためのポッド、ミーティング用のポッド、試作品を作成するためのポッドが誕生したのです。
Sachsは次のように語っています。「Mariは私の人生に欠かせない存在です。SPACE10のために作ったシステムシェルフは、状況に合わせて作り替えることが可能なオープンなデザイン、というMariの理念に基づいています」
マテリアルの選択
SPACE10では環境フットプリントをできるだけ削減することを目指しています。そこで、これまでのオフィスデザインに用いてきたマテリアルや内装を構成する要素を見直し、さらに地元のメーカーや建築パートナーとも連携することにしました。協業したのはKvadrat社、Von Holmbäck社、Arne & Aksel社、ChipChop社です。加工されたプライウッドやシェルフをつなぐ赤いロッドなど、オフィス空間で使われているマテリアルは実用性を重視したものばかりです。どれも簡単かつ気の向くままに、追加、移動、格納といった取り合わせや配置の変更が可能です。
「私たちは物理的な空間を作る際、できる限りアップサイクルや転用、リサイクルを行うことで資源を循環させる努力をしています」とSPACE10の空間デザインの責任者Kevin Curranは述べています。
SachsはKvadrat社のReallyシリーズなど、サステナブルな新素材も活用しました。同シリーズの頑丈な建材ボードや吸音フェルトは、中古のブルージーンズや廃棄された病院の手術着を粉砕してパルプ状にしたものを再加工して作られています。「これらのマテリアルは革新的でサステナブル、かつ美しい、という私たちが重視するポイントすべてを兼ね備えています」とCurranは語ります。
コラボレーションと文化
SPACE10で唯一変わらないこと、それは私たちが絶えず変化しているという点です。「ニューノーマル」がどのような時代になろうと、それに適応していくことが私たちのDNAの大きな部分を占めています。
私たちは今もなお、先行きの見えないパンデミックの渦中にいます。しかし、働く場所に対する私たちの認識はすでに変わり始めています。アジア太平洋地域の企業の多くは今、オフィスに出社するのは社員全体の25パーセントでよいと考えているようです。リモートワークが定着することで、これまで通勤が困難、あるいは障害があるという理由から就業できなかった人々にとってもチャンスが生まれています。建築デザイン事務所のGensler社による最近の調査では、アメリカの労働者の半分が、そしてヨーロッパとオーストラリアの従業員の3分の2が、ハイブリッド型のフレキシブルな働き方を希望しているという結果が示されています。つまり、さまざまな制限が解除されたとしても、働く人の多くが今後もオフィスと在宅を組み合わせた勤務形態を希望しているのです。
Elsa Dagný Ásgeirsdóttirも同様の考えです。「リモートワークは続くだろうと認識しています。ですので、今後人々がオフィスに出勤するのは、コラボレーションや文化的な目的のためになるでしょう。私たちは、まさにそのための空間を作ることが極めて重要だと感じたのです」