デンマークのコペンハーゲンに拠点を置くリサーチ&デザイン研究所。人類と地球に影響を与えるであろう大きな社会変化に対する革新的な解決策を研究・デザインするという目的のもと、2015年に設立された。

常に自分たちよりも賢い人たちと一緒に仕事をすることを大切にしており、世界中の先進的な専門家やクリエイターのネットワークと連携してプロジェクトに取り組んでいるほか、研究結果やアイデアはすべて公開されている。また外部の人々と交流し、想像力を刺激し、視点を多様化するために、展示や講演会、ディナー、上映会などを定期的に開催している。

Written by Annette Lin

6500万年ぶりの大規模な生態系崩壊に近づいている地球。この緊迫した状況下で、すべての意思決定の中心に「生命」を据えるという、これまでとは違った考え方が求められています。Standard Deviationとの対談では、再生可能な未来へのビジョンと、私たち人間が地球環境から奪ったもの以上に「還元」することの意味を探ります。

今はまさに非常事態の時代。工業化が始まって以来、私たちは地球の限りある資源をまるで湯水のように使い続け、私たちの生活、経済、食料、健康、生活の質を支えている生態系そのものを枯渇させ、不安定な状態にさせてきました。わずか50年の間に、私たちは世界の野生生物の半分以上を失ってしまったのです。そして現在、地球の平均気温は1.5℃以上も上昇中。この事態を、科学者は既存の生態系にとって「地球の限界」だと警告し、IPCC第6次評価報告書では「人類への赤信号」としています。このままでは地球上の生命を維持できる条件が破壊され、取り返しのつかない状況に陥ってしまうのです。

私たちはこの混乱のなかで自分たちの役割を真剣に考えなければなりません。もし人類がこの星の生態系を悪化させたのであれば、人間の手で地球規模の修復を行うこともできるはず。そのために今必要なのが、「デザイン」の力なのです。

Video — Nacho Velasco

再生デザインとは

「持続可能なデザイン」ではもう遅いのです。今は、その先にある「再生可能なデザイン」を考えなければならない時代に突入しています。もちろん、持続可能なことは環境破壊が蔓延する現代において重要な概念。地球の資源には限りがあることを広く人々に認識させ、現在の資源を持続させるための方法を考えるのに役立っているのですから。しかし、それだけでは壊れたものを修復することはできません

「火災、竜巻、大量絶滅などが起きているなかで、私たちは何を持続させようとしているのでしょうか? もはや持続可能ではなく、再生可能でなければならないのです」
Aras Baskauskas

再生デザインには単に環境への害を減らすだけではなく、修復、回復、活性化させるというポジティブな目的があります。もともと自然界に内在する再生というアプローチで、私たちは地球と関わっていくべきです。それは私たちが地球から得たものよりもはるかに多くのものを還元することに焦点を当てた考え方です。

Sustainability持続可能性
Do less harm害の減少
Circularity循環性
Design out waste無駄を省いたデザイン
Regeneration再生性
Replenish and restore補充と回復
Diagram — Kiosk Studio

私たちは再生哲学をデザインに応用し、「人間の生命、地球、そして地球が維持するすべてのものを、どうすれば私たちの行動の中心に置くことができるか」と考えています。

少なくとも私たちは、自然の声にもっと耳を傾けることができるはずです。「自然は自ら再生することができるんです」と説明するのは、Standard DeviationのMawuena Tendar。何百万年もの間、地球上の生態系は、生命と衰退、分解、受精のプロセスを通じて自ら再生してきたのです。まざまな種の働きにより、受粉、水と空気のろ過、炭素隔離などのプロセスのすべてが生態系の生物多様性、健康、回復力をサポートしてきました。これらの生態系サービス(人間の利益になる生態系の機能)が自然環境の再生のための基盤を築いたのです。環境を破壊しているのは私たち人間だけ。「工業化社会に生きる私たちの生態系への関わり方が、自然環境を退化させているのです」とTendarは話しています。

Photo — Nacho Velasco

サステナビリティの先へ

サステナビリティの先にある「再生」のための活動は難しそうに思えるかもしれませんが、その実現の可能性を示した企業があります。2015年にカーペットメーカーのInterface社は、「2020年までに環境負荷ゼロを達成する」ことを目標に掲げました。しかし、同社はサステナブルなだけでは不十分だと判断。環境に対してさらに寛大に、自分たちを取り巻く生態系に貢献したいと考えたのです。そこで彼らの工場は、あるオーストラリア・シドニー郊外の河川平野の生態系に着目し、その自然環境がどのように機能し、どのような生態系サービスを提供しているかを分析しました。どのように水質が浄化されているのか。どのように空気をきれいにしているのか。そして、どれだけの炭素を蓄えることができるのか。

これらの問いかけが、工場がすべきことだけでなく工場稼働と生態系への配慮を両立させるためのベンチマークとなりました。そして雨水収集システムを設置し、その地域の自然の浄化能力を模倣するといった新たな設計を取り入れたことにより、何の変哲もない工業ビルは自然を再生する場所に生まれ変わったのです。

Photo — Jeremy Bezanger

炭素は敵ではない

私たちが今改めて考えたいのは、炭素に対するアプローチ。現在、私たちは大気中の二酸化炭素を、数百万ドル規模のインセンティブがなければ解決できない問題として扱っています。しかし、炭素は敵ではありません。現に私たちの体そのものの12%が炭素なのです。実際、「炭素は生命の構成要素であり、土壌や海洋の健全性には炭素の存在が不可欠である」とTendarは言います。炭素がなければ土壌は不毛になり、海の生物たちも炭素を必要としているのです。

問題は、私たちが大気中に大量の炭素を排出し、その健全な循環を壊してしまったことです。同時に、私たちは、地球のもっとも効率的な炭素吸収源である土地、森林、海を破壊してきました。化石燃料を燃やし、土地を開墾し、鉱物を採取してきたことで、残念なことに自然は今のような状態になってしまいました。しかし、Tendarが指摘するように、私たち人間は破壊者であり続ける必要はないのです。生態系の再生に貢献し、さらにそれを加速させる方法を考えることができるのです。

Diagram — Kiosk Studio, based on Creative Commons by Standard Deviation
図表翻訳
Climate (CO2) 気候(CO2)
Business as usual takes us to a warming of +4.5c by 2100. 対策を実施しない場合、2100年までに+4.5℃の温暖化が予想されている。

Regenerative businesses remove more carbon than they emit. 再生ビジネスは、排出する以上の炭素を除去する。

Biodiversity (Life) 生物多様性(生命)
Business as usual is responsible for a 69% drop in biodiversity since the 70’s. 対策を実施していないせいで70年代以降、生物多様性が69%減少している。

Regenerative businesses build back biodiversity. 再生ビジネスは、生物多様性を取り戻す。

Social Justice (Inequality Gap) 社会正義(格差社会)
Business is leading to inequalities with 1% owning twice as much as 6.9 billion people. 1%の人が69億人の2倍の財産を持つという不平等が、現在のビジネスモデルによってもたらされている。

Regenerative businesses actively contribute to social justice. 再生ビジネスは、社会正義に積極的に貢献。

再生可能な未来へ向けて

「私たち人間は、自然の再生を加速させなければなりません」とStandard DeviationのLara Pagnierは説明します。実際、自然の再生はすべての人間や組織の最重要事項であるべきです。非営利団体Rodale Instituteの計算によると、再生を進めることで、現在人類が排出しているCO2の100%以上は、必要な栄養素として生き物たちに吸収され得ると言われています。それが叶えば、私たちは地球の健康に貢献し、人類と生態系との関係は再生可能なものになるのです。

再生可能なデザインとはどういうものでしょうか。たとえばInterfaceのFactory as a Forestプロジェクトのように、私たちは自然からヒントを得て、身の回りの再生プロセスを模倣するようなデザインをすることができるのです。また、空気や水の清浄化など、私たちが暮らす特定の環境がどのような生態系サービスを提供しているか、そして、私たちはどのように環境に還元できるかを考えることができます。建築家のMichael Pawlynは、建材を単に構造物を作るための部品としてではなく、建物自体を生態系として機能させたり、私たちの健康にも貢献する栄養素として考えることを提案しています。イラクのマダン族のアルタフラ島では、1種類の葦だけを使って自然に還る住居をつくり、その地域の水界生態系と共生しています。6000年の歴史を持つこの技術は、安全な住まいを提供するだけでなく、地域の水質を改善する仕組みでもあるのです。

再生デザインの根底にあるのは、生命です。私たち自身の健康と地球の幸福のためでなければ、何のためにデザインするのでしょうか。

また、人間や動物や植物のコミュニティを再生するために、私たちはそれぞれの場所との関わり方を考える必要があります。自然の声に耳を傾けることで、私たちが属する生態系を回復させ、コミュニティを繁栄させることができます。デザイナーとして、私たちはデザインの考え方やその方法を変えることで、このプロセスを加速させることができるのです。

また、再生プロジェクトは小規模でも可能です。たとえばアメリカでは、Soul Fire FarmFresh Future Farmが、アフロ先住民のアグロフォレストリー(樹木を植え、その間の土地で森を家畜・農作物を飼育・栽培する農林業)シルボパスチャー(森林放牧)を用いました。Soul Fire Farmは30ヘクタール、Fresh Future Farmは0.5ヘクタール弱と小さな範囲ですが、活発なコミュニティ農園を作ることに成功しました。このふたつの農園は、土壌環境を再生させているだけでなく、食料、コミュニティ、そしてノウハウを近隣住民にもたらしているのです。

「自然の生態系の再生が実際に機能し、しかも数千年ではなく、数十年、時には数年で実現したという例が確認されています」とPagnierは言います。この言葉は、私たちが今すぐ行動を開始するきっかけとなるのではないでしょうか?

The Eden Project by Michael Pawlyn
Photo — Jack Young

私たちは自然の一部

重要なのは、新しい考え方。人間は自然から切り離されているという考えを捨て、私たち自身を地球のシステムの一部とみなす必要があるのです。Julia Watsonのような思想家は、人間が作り出した人工的な環境を自然環境から切り離すのではなく、その一部とみなす「新しい神話」を提唱し、先住民や先祖伝来の自然との付き合い方を再評価しています。なぜなら、自然を育むものは、人間をも育むからです。「先住民の知識と組織開発のためのセンター」を含む10の先住民組織による公開投稿に、次のような言葉がありました。「地球にとって人間は細胞や臓器のような存在。私たちは地球の世話人や管理人としての役割を果たすよう努力しています。私たちはしばしば自分たちを『織物師』と表現し、すべての生き物の間の絆を強めているのです」

Diagram — Kiosk Studio
図表翻訳
From a dominant relationship支配的な関係性から
Human人間
Other Speciesその他の種
To a symbiotic relationship共生する関係へ
All Species incl. Humans人間を含む全種

デザインに全体的なアプローチとシステムの思考を取り入れることは、さまざまな要素が互いにどのように関連しているかを理解するのに役立つ重要なプロセス。そして、世界が相互につながっていることを思い出させてくれます。私たちがデザインするものはすべて、より広い社会的・生態学的な影響を持つ全体の一部なのです。Robin Wall Kimmererは次のように記しています。

「ポタワトミや他のほとんどの先住民族の言語では、“生物界”と“家族”は同じ言葉で表します。自然は私たちの家族なのですから」

Photo — Nacho Velasco

アクティブホープの実践

自然の声に耳を傾けることで、私たちは自分自身とのつながりを感じ、「アクティブホープ」、つまり行動によって希望を実現することができるようになるのです。環境哲学者のJoanna Macyによると、アクティブホープとは、状況を理解し、希望を設定し、その方向に向かって一歩を踏み出すということ。

現在、地球は人類文明の歴史上、もっとも気温が高い状態にあります。このままでは、今世紀中に気温が5℃上昇し、地球上の生命が脅かされることになります。今こそ行動を起こすべき時なのです。再生とは、生態系を強化し、人類が住み始めたときよりも良い状態で残すことを意味します。再生にアクティブホープの考えを適用することで、デザイナーは生命を育む方法を模索することができるのです。

では、どうすればいいのでしょう? 人類が気候危機の回避を急ぐなか、私たちにはもっと野心的な計画が必要です。単に生き残るだけでなく、地球を再生させるために協力し、住みやすい環境を取り戻す道を選ぶべきです。自然と生命を中心にすべてを考えるべきです。SPACE10は、再生こそが前進する唯一の道だと信じています。だからこそ、私たちは再生可能な未来を探求する旅を続けているのです。

さらに理解を深めたい方のためのコンテンツ

記事を読む

Atmos
Carlo Sanford, The Regenerative Business
Decolonizing Industrial Design
Dominique Hes and Chrisna du Plessis, Designing for Hope: Pathways to Regenerative Sustainability
Indigenous Regenerative Economic Principles
John Fullerton, Capital institute, 8 Principles for a Regenerative Economy
Julia Watson, Lo—TEK: Design by Radical Indigenism
Kate Raworth, Doughnut Economics
Laura Storm, Regenerative Leadership
Leah Penniman, Farming While Black
Paul Hawken, Regeneration
Paul Polman, Net Positive Manifesto and Net Positive Organizations
RSA Regenerative Futures

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Aluna
Gather documentary
Kiss the Ground documentary
The Biggest Little Farm documentary

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Standard Deviationとは

Standard Deviationは、生態系と社会の危機、その推進力としての役割、再生モデルに潜む機会に対する組織の理解を支援することに重点を置いたコンサルタント会社です。