多くの危機が迫るこの時代に、画期的で優れたアイデアは必要不可欠です。では、アイデアを多く生むために必要なこととはなんでしょう? それは、天才のある一瞬のひらめきではなく、多くの人がつながることだと、デンマークのリサーチ&デザイン研究所 SPACE10は考えています。過去のイノベーションや社会変革を振り返りながら、その理由をみてみましょう。
この重要な10年、私たちは人類が地球上の生命にアプローチする方法を変えるために、アイデア出しからプロトタイプづくり、そして責任のある規模拡大まで、あらゆるタイムラインを最適化していかなければなりません。しかも、迅速に。住宅やエネルギーに関する新しいアプローチから、必要とされる資源やケアの平等な分配まで、さまざまなイノベーションをタコつぼ的に起こすのではなく、多くの人が協力してより短時間でより多くを達成するためにはどうすればよいでしょう? そして、その結果として生まれるイノベーションがより多くの人にとって意義深いものにするためにはどうすればよいのでしょう?
SPACE10は、コラボレーションが鍵だと考えています。
SPACE10の信念のひとつは、「イノベーションはオープンで協力的なプロセスであるべきである」です。チームや場に没入しているとき、人は周りの人々から刺激を受け、創造的で革新的なものを生み出しやすくなります。もし一人が生み出す「エゴシステム」を、複数のイノベーターたちがつくる「エコシステム」に変えられたら何が起こるでしょう?
「この複雑で変化し続ける世界では、異なる背景や世界観をもつ人々の中に自分の身を置かなくてはなりません。そうすることで、互いに疑問を投げ合い、視点を多様化させ、包括的なイノベーションにたどり着くことができるのです」──SPACE10
では、どうすればこれを達成できるのでしょうか?
ゆっくりとした予感
ノンフィクション作家のスティーブン・ジョンソンは、過去700年の間に創造性やイノベーションを呼び起した条件を5年間かけて調査しました。その結果、彼は「ひらめきの瞬間」があるわけではないということを発見します。アイデアは長い間、時には何十年にもわたり眠っているのです。彼はこの熟成期間とそこからの目覚めを「ゆっくりとした予感」と呼んでいます。
「その予感を本物のブレイクスルーに変えるのは、別の誰かの頭に潜んでいる予感であることが多いのです」と、ジョンソンはTEDの講演で話しています。「そうした予感をひとつの場に集め、より大きなものに変えるシステムをつくる方法を考えなければなりません」
ジョンソンは、どのような空間が優れたアイデアを開花させるのかを研究していました。1650年代のコーヒーハウスやモダニズム時代のパリのサロン、バウハウスの作業場などがその例です。こうしたムーブメントの裏には、人とアイデアがぶつかり合う公の場が必ずありました。「人々はアイデアが混ざりあい、交換され、新しい形になるような場をつくりだしていたのです」
アイデアはネットワークである
眠れる予感に満ちたマインドが他のマインドとつながることでアイデアが生まれるのだとしたら、「私たちの知識はコミュニティに宿るのです」と、人々の思考法を研究する認知科学者のスティーブン・スローマンは話します。「思考は個人によってなされるものではありません。コミュニティによってなされるのです」
このように、アイデアを共有することはあらゆる人に利益をもたらします。だからこそSPACE10は、人とアイデアが出会える環境づくりに努めているのです。私たちはポップアップイベントやハッカソン、展示会、パネルディスカッション、ソーシャルメディア上での交流、近隣住民の方々の招へいなどを通じて、さまざま経験をもつ人々が集い、アイデアを生み出すための機会を提供しています。なぜなら、アイデアはコミュニティとコネクティビティから生まれるものだからです。
「アイデアは自己完結したものではありません。どちらかというと、生態系やネットワークに近いのです」と、『WIRED』誌の創刊編集長で、『Whole Earth Review』の元編集者であるケヴィン・ケリーは『WIRED』の取材に対して語っています。
では、どうすれば私たちは「アイデアは個人のひらめきの産物である」というこれまでの仮定から脱却できるのでしょうか? そのためには、「孤高の天才」というもうひとつの神話を手放す必要があるかもしれません。
私たちは一人で思考しない
1995年、研究者のアルフォンソ・モントゥオリとロナルド・パーサーは、「創造性についての超個人主義的理解の問題点」を分析しました。その翌年、音楽家のブライアン・イーノは、「Genius(ジーニアス、天才)」という考え方に対抗するために「Scenius(シーニアス)」という新しい言葉をつくります。「シーニアスは、文化シーン全体がもつ知性と直感を表した言葉だ。天才という概念の共同体的な形態である」と、イーノは著書『A Year with Swollen Appendices』に書いています。
歴史とその語られ方は、個人の内面に関することを多く教えてくれます。しかし、著名人の周囲を見つめてみると、別の物語も見えてくるのです。アルベルト・アインシュタインは、1905年に当時の科学的理解に数々の革命をもたらす前、ベルンのスイス特許庁に勤務し、そこで「最も美しいアイデアの数々を生み出した」と言われます。これと同じ年、作家や芸術家、知識人たちが、作家ヴァージニア・ウルフとその妹で芸術家のヴァネッサ・ベルのロンドンの家に集まり始めました。ブルームズベリー・グループと呼ばれるこの組織は、その後30年以上にわたってアイデアを共有し合い、互いの創作活動を支えます。シリコンバレーで育ったスティーブ・ジョブズは、12歳のときにヒューレット・パッカードの共同創業者ビル・ヒューレットと話をする機会を得て、夏季休暇のあいだに同社で働くチャンスをもらいました。
イノベーションは、情熱的な人たちの集まりから生まれるものです。フェミニストSF作家のダナ・ハラウェイは、それを爽やかに語っています。「(フェミニスト哲学者の)ナンシー・ハートソックと私は、当時かなり互いに影響を与え合っていました。私たちはボルチモアのマルクス主義フェミニスト・シーンの一部だったのです」
ハラウェイは、自分やハートソック、サンドラ・ハーディング、パトリシア・ヒル・コリンズ、ドロシー・スミスがフェミニズム理論に取り組むなかで、いかに対話を続けてきたかを語っています。たとえ執筆自体は各自で行なっていても、その内容をコミュニティに共有し、確立していったのだと。「1960年代後半から1970年代初頭にかけての激しい社会運動のなかで、深い集団的思考を行なう方法だったのです」
同様に、ギャングル(Gangulu/マウントモーガンのアボリジニたち)出身のビジュアルアーティストで活動家、学者のリラ・ワトソンは、1985年にナイロビで開催された「United Nations Decade for Women」で力強い言葉を残しました。
「私を助けるために来たのならば、時間の無駄です。しかし、あなたの解放運動が私の解放運動と結びついているから来たのならば、一緒に取り組んでいきましょう」
この言葉は人道支援や活動家の場で定期的に引用されています。しかしワトソンは、「集団的なプロセスから生まれたものについてクレジットされるのは気が進まない」と話しています。彼女は、このフレーズの引用元はこの視点を生み出したムーブメント、つまり「アボリジニ活動家グループ(クイーンズランド州、1970年代)」としてほしいとしています。
集団性を重視するナラティブへの転換
イノベーションや社会変革には一人の卓越した個人が必要不可欠であるというイメージを崩さなければ、それらを大勢で起こすことはできません。「アイデアは個人の才能の結果であると考えることで、私たちは人工的な希少性をつくりだし、公の共有物であるべきものを囲い込んでしまうのです」と、デジタルツール協同組合Common Knowledgeのインターディペンデント・デジタルデザイナーであるジェマ・コープランドは書いています。
イノベーションのイメージを変え、私たちのイノベーションの語り方を変えるにはどうすればよいでしょう?
手始めとして、SAPCE10では自分たちが行なった研究やプロジェクトについて話すとき、自分たちのクレジット(署名)を「SAPCE10」のみにとどめています。各プロジェクトのさまざまなプロセスにどのメンバーがどう関わっていたかは把握していますが、私たちの研究や探究テーマ、プロジェクトの方向性や形態は、キッチンでコーヒーを片手に何気なく交わした会話や、会議前にコラボレーターと交わしたちょっとした近況報告などから生まれるものだからです。もちろん、クレジットにはコラボレーターや専門家の名前も入ります。こうした人々なしには、作品を発表できなかったのですから。
共にアイデアを成長させる
チームや場に没入しているとき、人は周りの人々から刺激を受け、創造的で革新的なものを生み出しやすくなります。「アイデアはほかのアイデアを引き出し、新しいアイデアの成長も助けます」と神経心理学者のロジャー・スペリーは1964年に語っています。「アイデアはアイデア同士で相互作用し、頭のなかにあるほかの物事とも相互作用します。同じ脳にあるアイデアや隣の脳にあるアイデア、そしていまはグローバルなコミュニケーションのおかげで、遠く離れた外国の脳のアイデアとも影響しあうのです」
これは、ウェブベースのグループ・デザインツールであるFigmaが、コミュニケーション企業であるCOLLINSとのコラボレーションのなかで強調したことでもあります。両社は共同で行なったキャンペーンを通じて、デザイナーとノンデザイナーのコラボレーションがいかにクリエイティブにおけるヒエラルキーやワークフローを変え、ソリューションを向上させるかを示したのです。
チームやレジデント、コラボレーター、専門家、登壇者、コミュニティが集まる機会を作ることがSPACE10にとって重要な方法論になっているのはそのためです。こうすることで、多様なバックグラウンドやスキルセット、経験、知識をもつ人々が出会い、考えを共有し、実験し、一緒に遊ぶことができます。多様な視点は、より大きな創造性やより良い意思決定、より迅速な問題解決への鍵です。それゆえ、SPACE10の強みは互いに違うことであると、私たちは強く信じています。
「私たちは、自分たちをイノベーションのためのインターフェイスだと考えています。SPACE10は、世界中から複数の分野の専門家やクリエイターを集め、人と地球のためのより良い日常生活の創造に貢献するための空間なのです」──SPACE10
いまわかっているのは、このような遊び心のある実験場をつくり続け、人々をつなげる協業的なネットワークを育て、クリエイティブな衝突を起こす条件を提供し続けることが必要だということです。また、視点を多角化し、未来の集合的なヴィジョンを生み出すためには、わかりやすくて身近で簡単にアクセスできる場やコミュニティを越えてこうした取り組みを届けていく必要もあります。
物理空間を超えて
周りから孤立した状態で何かに取り組めば取り組むほど、失敗する可能性は高くなります。アイデアを早くから周りに共有することで、フィードバックを受け、解決策を調整したり改善したりできるのです。そうすれば、デザインコンセプトの実現可能性やデザイン性の検証を、より多くの人の目の前で迅速に行なっていけるでしょう。
SPACE10では、自分たちの研究やプロジェクトを意図的にオープンにし、私たちが始めた何かをほかの人が広げていけるようにしています。たとえ物理的に同じ部屋に居られなくとも、世界中の人々が私たちの研究に参加し、それを自分たちのコミュニティに持ち込んで、それぞれの文脈に適応させていけるでしょう。
SPACE10のプロジェクトは決して終点ではありません。これは始まりなのです。私たちは自分たちのプロジェクトが進化し、私たちがいた出発点にほかの人も立ってくれることを願っています。私たちはアイデアを希少で貴重なものと考え、それを守る壁を築くようなことはしません。アイデアは豊富にあるものと考えているのです。
「透明性をもって協業的に仕事をすることで、迅速にアイデア出しや視覚化を行なえます。デザインをオープンに共有し、公開討論や談話を歓迎することで、私たちは互いに迅速に考えを重ね、ほかの人も自分たちと同じ出発点に立ったりそこから何かを始めたりできるよう促せるのです」──SPACE10
もし、私たちのチームがあらゆることに関する専門家でなければならないとしたら、SPACE10は何千人もの人を雇う必要があり、開発スピードも大幅に遅くなってしまうでしょう。私たちの協業的アプローチによって、私たちは機敏さを保ち、最高の頭脳をもつ人々と仕事をすることができるのです。
セレンディピティを加速させ、アイデアを固め、想像した何かを行動に移すのに役立つピース(または人)を見つけられれば、人と地球のために希望に満ちた、集合的な未来を創造することができるでしょう。
デンマークのコペンハーゲンに拠点を置くリサーチ&デザイン研究所。人類と地球に影響を与えるであろう大きな社会変化に対する革新的な解決策を研究・デザインするという目的のもと、2015年に設立された。 常に自分たちよりも賢い人たちと一緒に仕事をすることを大切にしており、世界中の先進的な専門家やクリエイターのネットワークと連携してプロジェクトに取り組んでいるほか、研究結果やアイデアはすべて公開されている。また外部の人々と交流し、想像力を刺激し、視点を多様化するために、展示や講演会、ディナー、上映会などを定期的に開催している。 https://space10.com