人間の生命の維持にとって必要不可欠な水。残念なことに、政治的・経済的な利害の不一致によって、必要な人のもとに水が届かないことが多いのが現状です。

そうした状況を打破するために、メキシコでは参加型デザインを通じ、先祖代々の洗濯術や農法、自然の力などを水の利用に役立てようというプロジェクトが複数展開されています。ソーシャルプロジェクトを手がけるメキシコのエージェンシー、Sarape Socialのパロマ・パトランと、デンマークのリサーチ&デザイン研究所 SPACE 10のカレン・オトリングは、こうした事例をもとに持続可能な水利用のヒントを探りました。(以下、SPACE 10のJournalより転載)


世界で20億人が水不足の問題を抱える国に住んでいるいま、水をいかに持続的に使用・管理するかは世界的な課題となっています。例えば、メキシコでは2021年に人口の約70%が干ばつの影響を受けました。その一方、利用できるわずかな水も平等には分配されていません。この国では高所得世帯が1日に600リットルの水を消費するのに対し、低所得世帯は1日当たり40リットル以下で生きていかなくてはならないのです。

メキシコ国立自治大学(UNAM)の教授で、参加型デザインを専門とする市民団体・Design Your Actionのリサーチディレクターを務めるクラウディア・ガルドゥーニョは、近代化の“恩恵”によって人々の水の使い方に対する理解が失われてしまったと話します。

「私たちの多くは『蛇口をひねれば水が出る』くらい、水の入手について簡単に考えています。水がどこから来るのか、そのプロセスがいかに複雑でどれだけのエネルギーが必要なのか、そしてその後どこに行くのか、わたしたちははっきり知らないのです」

メキシコの貯水用バケツ。Photo —Astrid Domínguez for Isla Urbana
メキシコ・カンペチェ州カラクムルで、先祖代々伝わる技術を披露するマヤ族の女性。Photo — Jan Ahlstedt

コミュニティの知恵はデザインプロセスである

メキシコの農村部で続いてきた水管理には長い歴史があります。しかし、そうした先祖伝来の技術の多くは、これまで過小評価されてきました。公共機関は短期的な行動を優先してきましたが、そうした行動は問題を悪化させるだけでなく、文化的背景や気候条件、既存のインフラにとっても不適切な場合もあります。

「時と場合によって様相が大きく変わる水問題は、世の中で最も複雑な問題と言えるかもしれません」と、ガルドゥーニョは話します。

「同じ場所でも、時間や季節によって問題は大きく変わります。また、水問題は緊急性のある問題であることも複雑さを増す原因になっています。わたしたちは水なしでは生きていけません。水不足が発生したら、すぐに解決しなければならないのです。一方で、そうした即自的な解決策も長期的な問題解決にはつながりません」

ガルドゥーニョはカンペチェ州カラクムルの「El 20 de Noviembre」などの先住民コミュニティと10年以上にわたり協働してきました。この地域の水は硬度が高く飲用に適していませんが、干ばつの際には水質は二の次となってしまいます。

そこでガルドゥーニョのチームは2018年、現地の若者たちと共に台所から集めた灰を使ったフィルターを開発し始めました。しかし、プロトタイプが期待通りには機能しないという壁にぶつかった彼女たちは、さらに多くのコミュニティのメンバーをワークショップに招待します。すると、驚くべきことがわかりました。灰を使って水を軟らかくする手法はマヤに古くから伝わる洗濯の技術だったというのです。この技術は雨水の活用とともに使われなくなったのだと、女性たちは教えてくれました。さらに、代々受け継がれてきた知識によって、女性たちは水の質感をもとに必要な灰の量を判断できていました。この技術をフィルターに持ち込むことで洗濯に使える水の量が増え、その分飲料水も増えました。

人々は対話を通じて初めて、互いを専門家として認め合い、ローカルな知恵とグローバルな科学の両方を取り入れて技術を保存、向上させることの重要性に気づきました。参加型デザインは、デザイナーとそのデザインの恩恵を受ける人々が互いにエンパワーメントし合うプロセスです。そしてそのなかで行なわれる対話は、問題をより深く理解し、集団としての能力を高めます。

布で水を濾過する様子。Photo — Jan Ahlstedt

先祖伝来のソリューションと現代のアプローチ

チナンパ」も古代からの知恵の一例です。ソチミルコ湖でヒスパニック時代以前から行われていたこの農法は、長い草の茎を織ってつくった厚い敷物を水面に浮かべて土を盛り、その上で栽培を行なうものです。チナンパの農地に生きる生物は多様で、世界の生物種の2%にもなると言われています

メキシコとレバノンにルーツをもつ建築家でエコテクノロジストであるホセフィーナ・メナは、1970年代後半にGrupo de Tecnología Alternativa(GTA)を設立し、チナンパをベースにした包括的な有機廃棄物リサイクルシステム「SIRDO」を開発しました。SIRDOはチナンパの泥に生息するバクテリアを使い、糞便を腐敗前に分解するシステムです。このプロセスによって、SIRDOは糞便の肥料としての栄養素を保持しつつ病原菌の繁殖を防ぎ、環境を汚染する温室効果ガスの排出を削減できます。

SIRDOは、遠く離れた場所に汚水を貯留してから処理することを基本とする旧来の下水道システムの仕組みを打ち破るイノベーションです。糞尿の発生から処理までの時間が長いほど病原体が増えていくことを踏まえると、旧来のシステムは非効率的でコストがかかるものだとGTAは考えています。

「今ここで、廃棄物を処理する必要があります。メキシコ人たちの糞尿は、有機廃棄物をバイオ肥料に変えるための”種菌”としての可能性を秘めているのです」と、メナは話します。

数年にわたりこの技術を国中のさまざまな場所に実装してきたメナは、各コミュニティがもつ力とポテンシャルを強く信じています。こうしたコミュニティにいるのは、水は生命維持に不可欠であることを認識だけでなく、テクノロジーに公共の利益を生み出す可能性を見出している人々です。そして、そうしたコミュニティはユニットとして維持され、それによる経済的な利も得ています。そんなコミュニティの感覚は、メナにとってあらゆるプロジェクトの実装と成功のカギとなっています。

根から栄養分を吸収し、水中に酸素を提供するスイレンは排水の浄化に貢献します。Photo — Ximena Labra

水を守ることは、命を守ること

先住民の自治区となっているミチョアカン州のチェランは、コミュニティがいかに自然を守れるかを証明しています。かつてチェランは、違法伐採に始まる天然資源の搾取や犯罪組織による暴力、公的機関からの注目の低さといった、メキシコの多くのコミュニティが現在も経験している問題を抱えていました。しかし2011年4月15日、チェランの人々は立ち上がり、チェランを先住民の自治区とし、それ以来自治を続けています。

母なる大地を尊ぶ世界観をもつチェランの人々は、その世界観のもと、生命を守るためにこの闘いを始めたのです。

「自然を守りながら資本を蓄えることはできません。どちらか一方でなければ、中途半端でごまかしに過ぎないのです。水不足なんて誰も望んでいません。みんなもっとたくさんの水を使い、浴槽でお風呂につかりたいと思っています。しかし、そのシステムこそが私たちを破滅へと導いているのです」と、チェラン市議会の元議長であるペドロ・チャベス・サンチェスは話します。

チェランの人々は透明性の高い民主的なプロセスを通じ、森林再生プログラムの実施のほか、植物の苗床、管理下に置かれた製材所の開設、雨水収集システムの設置といった環境保護プロジェクトを立ち上げました。

チェランにある雨水収集システムはラテンアメリカ最大の規模を誇っており、その容量は2,000万リットルにのぼります。このシステムは16,000人以上の人々の生活を支え、家庭や公共インフラに4カ月間にわたって水を供給し、飲料水を生産する浄水工場にも水を提供しています。この浄水工場は民間企業がひとつ40ドルで売るガラフォン(garrafone/20リットルの水が入ったウォータボトル。メキシコでは飲料水をボトル単位で購入して使うことが多い)を、13ドルで販売しています。

チェランのコミュニティは、犯罪組織によって破壊された森林の80%で植林を行なった。/チェラン初の共同体政府の発足を祝うイベント。2012年9月より。Photo — Heriberto Paredes

現在は小学校の教師をしているペドロ・チャベス・サンチェスは、コミュニティのためにコミュニティ発の長期プロジェクトを行なうことの利益を強調します。

「私たちにとって、共同性は核です」と、チャベスは話します。「私たちのコミュニティには、互いに助け合う『Jarhopekua』や母なる大地の一部であること意識する『Eratsikua』、そして物事が起こるのを見ているだけでなく、それと対峙する倫理的な面を指す『K’ashumbekua』といったコミュニティの世界観を受け継いできました。互いに共通点を探し、相違点を克服することが大切なのです」

この論理の下では、人間と人間以上(モア・ザン・ヒューマン)の種は生き残るために競争するのではなく、発展可能で、望ましく、公平な関係にあり、進化するために一丸となって協力するべきだと言えます。チャベスは子どもや若者が自己と生命を守るための抵抗を続けるよう、集合的な記憶を頼りに呼びかけています。

「伝統的な手法や習慣を推進するのは後退ではありません。私たちを死へと導く現在の生き方に対する代替案なのです。歴史的・集団的記憶を深めていかなければ、同じ歴史を繰り返す運命にあります」

チェランの苗床では子どもたちが幼いころから森林再生について学びます。若い世代の参加こそが、わたしたちの暮らしに必要不可欠な資源の未来を守るための鍵なのです。Photo — Pedro Chávez

公益のためのデザイン

メキシコのアーティストであり、公共空間の専門家でもあるヒメナ・ラブラにとって、パンデミックの中にプロジェクトを進めるなかで集団性とコミュニティの概念を再考する必要に迫られました。オアハカ州サンペドロエトラで行なわれている彼女の持続可能な建築プロジェクト「Casa Tláloc」は地元の材料と地元の人々によって建設されたもので、アーティスト・イン・レジデンス(アーティストが一定期間その場所に滞在して、制作活動をおこなうプログラム)も行われています。

このプロジェクトでは、水のケアと管理に焦点があてられました。というのも、サンペドロエトラの年間降水量は需要を満たすに十分である一方、その雨は1年のうち数カ月しか降らないからです。それゆえ、「Casa Tláloc」は13万リットルの貯水タンクと雨水収集システムを中心に設計されました。

ここで使われている雨水収集システムは生物濾過を採用しており、いかに地域の動植物とってのメリットを生めるかにも配慮されています。これは、水が人間にとってだけでなく、動物や昆虫、植物にとっての公益でもあることを認識してのことです。

「Casa Tláloc」はふたつの池で雨水をろ過し、植物や魚、微生物などによって化学的な添加物を使用せずに水を清浄に保ち、飲用できるようにしています。Photo — Ximena Labra

「人間中心主義のせいで、人々はコミュニティにとって最も重要な要素である自然を忘れてしまっているのです」と、ラブラは話します。「でも、すぐにできるアクションがあります。自分が住んでいる地域に自分がどう貢献しているのか、自問自答することです」

デザインが公益のために使われると、過去の知識や経験を思いだし、機能不全に陥っていた構造から脱却する余地が生まれます。複数の視点から世界を理解することで、人間と自然の相互依存を前提としたシステムを構築できます。水とウェルビーイングへの普遍的なアクセスは、その出発点なのです。

GTAのメナは話します。「優しくならなければならない時もあれば、上から目線でいなくてはならないときもあります。でも、この歴史的瞬間において、私たちはラディカルでなければならないのです」

Casa Tlálocは、アステカの雨の神に着想を得てつくられた持続可能な建築プロジェクトです。Photo — Ximena Labra

Credits

Claudia Garduño (クラウディア・ガルドゥーニョ)

Design Your Actionのリサーチディレクターで、Action LAB Mexicoの創設者。メキシコ国立自治大学(UNAM)教授。より公平で持続可能なコミュニティを生み出すために、コラボレーティブデザイン(協働型デザイン)の手法の開発に力を注いでいる。アールト大学にてデザインの博士号を取得した。

Josefina Mena Abraham(ホセフィーナ・メナ・エイブラハム)

Grupo de Tecnología Alternativa(GTA)創業者。不衛生な水を原因とする疾患の予防を目的に、農村および都市における代替技術の開発に注力している。ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンで地域計画学の修士号を取得した。

Pedro Chávez Sánchez(ペドロ・チャベス・サンチェス)

批判的教育学の博士号をもち、先住民の闘争と教育に関する書籍や雑誌を手がけてきた。2015年から2018年にかけてチェラン市議会の議長を務めた。彼の在任中に建設された雨水収集システムは、ラテンアメリカ最大のものである。

Ximena Labra(ヒメナ・ラブラ)

アーティスト兼「Casa Tláloc」の設計者。Casa Tlálocはアートスタジオ、居住地、別荘として機能するサステナブルな建造物で、地元の人々によって地元の材料を使って建設され、特に雨水収集からろ過までの一連の水管理に焦点があてられている。ラブラはバルセロナ工科大学でアートとエフェメラル・アーキテクチャー(Ephemeral architecture/仮説建築)の修士号を取得している。

Paloma Patlán (パロマ・パトラン)

コミュニケーションとソーシャル・プロジェクトを担当するエージェンシー、Sarape Socialのソーシャル・プログラムのマネジメントを通じて、メキシコとグアテマラでソーシャル・カルチャー・プロジェクトを展開している。ハリスコ州グアダラハラを拠点とするサステナブルなファッションプロジェクト「Bestiario」の創設者。

Karen Oetling(カレン・オトリング)

SPACE10のリード・クリエイティブ・プロデューサー。過去には、女性のエンパワーメントや障がい、衛生などの行動変容デザインプロジェクトに携わり、地域の文脈に根ざした解決策を提案してきた。


デンマークのコペンハーゲンに拠点を置くリサーチ&デザイン研究所。人類と地球に影響を与えるであろう大きな社会変化に対する革新的な解決策を研究・デザインするという目的のもと、2015年に設立された。
常に自分たちよりも賢い人たちと一緒に仕事をすることを大切にしており、世界中の先進的な専門家やクリエイターのネットワークと連携してプロジェクトに取り組んでいるほか、研究結果やアイデアはすべて公開されている。また外部の人々と交流し、想像力を刺激し、視点を多様化するために、展示や講演会、ディナー、上映会などを定期的に開催している。 
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