SPACE10

SPACE10は、人の暮らしと地球の環境を改善するために2015年、デンマーク・コペンハーゲンに創設されたリサーチ&デザイン研究所。

SPACE10が研究しているのは、近い将来に人類と地球の環境に影響をおよぼすと予想される主要な社会的変化について。これらに対する革新的な解決策を見出すためのリサーチとデザインを行っています。

SPACE10はつねに「自分たちよりも賢い人たちと一緒に仕事をする」ことを心がけています。そのため、世界中の先進的なスペシャリストやクリエイターのネットワークと連携してプロジェクトに取り組み、研究結果やアイデアをすべて公開しています。また、定期的に展示会や講演会、ディナー、上映会などを開催。人々と交流し、想像力を刺激し、視点を多様化させ、私たちのミッションを前進させることを目指しています。

SPACE10では、「その部屋にあなた以上に賢い人がいないなら、あなたはそこにいるべきではない」ということわざをよく使います。プロジェクトブリーフや海外講演で言及したり、プロジェクトの協力者を選定する際に念頭に置いている言葉です。それでもときには、自分たちの殻に閉じこもってしまうことがあります。特にコペンハーゲンのオフィスにいるのは総勢30人の小さなチーム。外の世界に目を向け、新たな視点を得る努力をする必要があるのです。そのためには、レジデンスプログラムを通じて学生たちと連携するのが一番だと考えています。

「建築学の非常にニッチな分野を7年間勉強してきました。SPACE10のプロジェクトは今までの経験とはまったく異なっています。ここの研究は建築とテクノロジーのコラボレーションの結果なのです」と話すのはKai-hong Anthony Chu 。元レジデントのひとりです。「SPACE10に来て、多種多彩な人々と一緒に作業をしデザインの現場を体験することができたのは、まさに素晴らしい機会でした」

Photo — Nikolaj Rohde
Photo — Anthony Chu

Chuは、ハーバード大学大学院のデザイン学部の学生。SPACE10のプロジェクトブリーフに興味を持った彼が私たちの元にやってきたのは2019年の夏でした。彼は、いつもとは異なる刺激的な環境での研究を希望したのです。SPACE10がレジデントを募集する際には、まず4つの主要分野(シェアリビング、ナチュラルユーザーインターフェースとAI、太陽エネルギー、オープンソースデザイン)のいずれかに関するブリーフを送ります。Chuが選んだブリーフは、「直線や曲線ではなく、パラメータやアルゴリズムによって定義される次のデザインアイコンをどのように想像するか」という極めて技術的な内容でした。また、Chuと同期のレジデントでMIT大学院生のNava Haghighiが取り組んだテーマは、「人間とコンピュータの相互作用をより思いやりのあるものにするためにはどうしたらいいか」というもの。「デザインに焦点を当てながら自由に創造性を発揮することができ、テクノロジーが充実していてどのようなツールでも揃っているようなレジデンスを探していました」と彼女は説明します。「SPACE10は、私が求めていたすべてを兼ね備えていました」

Photo — Nikolaj Rohde

HaghighiもChuも教育機関からの参加でしたが、これは偶然ではありません。というのもレジデンスプログラムの一環として、SPACE10は世界中の大学と提携しているからです。その目的は、学生たちにSPACE10での実践的な経験を通じて自分の考えを発展させる機会を与え、彼らの学問的アプローチと私たちのアプローチの橋渡しをすること。もちろん、その“アプローチ”はプロジェクトごとに異なりますが、SPACE10の理念の中核である「コラボレーション」「進行中のアイデアの共有」「実践による学習」に基づいています。SPACE10のタレントディレクターのJed Shamelは、「教育機関で行われる学術研究は、データによって判断されますのでよく言えば素晴らしく厳密です。しかし研究によって得られた重要な見識は査読付きの学術雑誌にしか掲載されないため、それを世に普及させることが難しいのです」と述べています。「SPACE10で大切にしているのは、つねに遊び心をもって研究にアプローチすることです。つまり、学術研究が重要視する信頼性よりも“接触可能性”、科学的方法論よりも“デザイン思考による”実験の実践を優先しています」

Shamelが言及する“遊び心”は、プロセスだけでなく、研究を世に発信する方法にも反映されています。SPACE10では、プロジェクト完成後にリリースするのではなく、途中経過を頻繁に共有し、人々からフィードバックを得るようにしています。というのも、自分たちの殻に閉じこもっているだけでは、イノベーションは生まれないと考えているからです。このやり方は、SPACE10のレジデントたちも滞在中に体験します。2週間おきの進捗報告、オープンワークショップ、途中経過のプレゼンテーションを通じて、レジデントはSPACE10のチームに自身の研究を公開し、フィードバックや新しいアイデアを吸収することができます。教育機関では通常このような方法で研究をしていないようなので、それこそが、SPACE10のレジデンスプログラムが学生と私たち両者にとってWin-Winである理由です。レジデントは、ダイナミックな働き方を経験し、さまざまなツールへアクセスし、SPACE10のコラボレーション文化に触れることができます。一方で、私たちは、彼らの学術的な厳密さとニッチな分野での専門知識によって、私たちが取り組む課題への新たなアプローチを得ることができるのです。SPACE10の運営コーディネーターであるFlora Petrine Hartvigは、「私たちは自由と責任の適切なバランスを提供することを目指しており、レジデントはプロジェクトブリーフの研究を進めながら、新しいアイデアを試すことができます。大学のように、博士課程の指導教官や審査会が必要な資金や成績を与えてくれるかどうかを心配せずに、自由に取り組むことができるのです」と話します。「ここでのプロジェクトブリーフや仕事の進め方は、意図的にデザイン主導で行われています。そのため、レジデントによる提案、または潜在的なイノベーションは、アイデア出し、プロトタイピング、テスト段階を経て、形成され洗練されていきます。私たちは専門家ではありませんが、専門知識の適切な“ファシリテーター”のような存在だと考えています」

これまで、ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学の学生をレジデンスプログラムに迎えた私たちですが、最近はモスクワのストレルカ・インスティテュートの卒業生と、バルセロナのカタルーニャ先進建築大学(IAAC)のMDEF(創発未来デザイン修士課程)プログラムの在校生という、かなり異なる教育機関からレジデントを迎え入れたところです。SPACE10は、連携する教育機関を評判の高さや業績の数で選ぶということはしません(それももちろん素晴らしいことですが)。将来を念頭に置いて教育を再構築し、学際的なイノベーションを受け入れている大学やプログラムを探すようにしています。つまり、私たちと親和性のある教育機関です。「MDEFは、学生、教員、企業、組織を集結させ、生態系、テクノロジー、社会のための新しい未来をともにデザインするプログラムです」と、MDEFプログラムディレクターのTomás Díezは言います。「私たちはこれまでSPACE10がやってきたように、現実世界での革新的な実験とプロトタイピングが重要だと考えています。今、私たちはこの時代の課題に必要なオープンソースの教育プログラムを一緒に創り上げているのです」

私たちにインスピレーションを与えてくれる大学から新しい視点を得ることは重要です。しかしSPACE10のレジデントを教育機関の出身者に限定してしまったら、あまり民主的ではありません。そのため、学術界から人材を集めるのと並行して、つねに公募による募集も実施しています。公募は、学生でなくても誰でも応募できます。必要なのは、私たちが提示するブリーフに応える素晴らしいアイデアだけ。さまざまなバックグラウンドを持ち、多様な方法で追求してきた世界中の方々と一緒に仕事ができるようになったのも、この公募のおかげです。これまでドイツ、インド、シンガポールなど、さまざまな国の人たちがメンバーとして加わっています。(公募にご興味のある方は、サイトの情報をチェックしてください)

Photo — Ulf Svane

SPACE10に採用されたレジデントが、どのようにプロジェクトに取り組み始めるかをご説明します。まず初めに、レジデントひとりに対しSPACE10のチームメンバーがメンターとしてあてがわれます。メンターは、レジデントの専門性によって選ばれますが、重要なのは上下関係の間柄ではないということ。このメンター制度の目的は、レジデントとSPACE10のチームが互いに学び合い、新しいコラボレーションの方法を築くことです。メンターには、役員や技術者、ライターやデザインプロデューサー、シェフなど、さまざまな立場の人がいます。レジデントのアイデアを高めることができる(また逆に高めてもらう)存在であれば誰でもメンターになる資格があります。SPACE10のビジュアルデザインリーダーであるMitsuko Satoは、この半年ほどメンターをしてきました。「他では経験できないような、さまざまな疑問や挑戦に触れることができるのは素晴らしいことです」と彼女は語っています。Mitsukoはおもに、レジデントのプロジェクトの核心を伝えるための視覚言語の製作を手伝ってきました。「彼らが取り組んでいる研究は、普通だったらこんなに近くで見る機会がないようなものなのです。それを誰よりも先に見ることができるんです。レジデントよりも、私のほうがこの経験から多くを学んでいると考えることさえあります」

もちろん、レジデントにとっても、このメンター制度はプロジェクト進行のスピードアップに役立つという利点があります。メンターは、レジデントにレジデンスプログラムの目的と成果物などの基本的な説明をするだけでなく、レジデントの日々のニーズや疑問に答えるための人材としても機能しています。たとえば、CNC装置の操作方法がわからなければ、自分で無理に解決しようとしないで側にいるエキスパートに聞けばいいのです。同様に、ウェブサイトのバックエンドの使い方をチュートリアルで見て学ばなくても、技術担当者がその場で教えてくれます。メンター制度により、レジデントがSPACE10での経験を最大限に活用できるようになると同時に、彼らもまた私たちのチームの一員として、対等な立場で一緒に働くことができるのです。

Photo — Hampus Berndtson
Photo — Mario Depicolzuane

レジデントとメンターのペアが決まったら実際の仕事が始まりますが、その内容は千差万別。たとえば、Chuはレジデンスプログラムの間、3Dプリンタをロボットアームで文字通り“ハッキング”していました。これは、「3Dプリンタを6軸ロボットにする」という彼のプロジェクトの目標を達成するための、非常に実践的なアプローチでした。その一方でHaghighiは、「製品デザインの観点からEDAモニターの外観と使用感の改良」という課題に時間を費やしました。さらにそのデバイスをSPACE10のスタッフで試し、装着感や自分の行動に対する生体反応について学んだことをフィードバックしてもらうことで、見識を深めることができたのです。

レジデンスプログラムにおけるChuとHaghighiの時間の使い方は異なるかもしれませんが、どのレジデントにも共通した特典がふたつあります。ひとつは、すべてのレジデントがコペンハーゲンのデザインのレガシーに直接触れることができること。この経験は彼らのクリエイティブなプロセスにも影響を与えることでしょう。SPACE10では、デンマークのデザインコミュニティの人々を招いた展示やトークショー、ワークショップなどを随時開催しています。レジデントたちも情報を共有し、いつでも参加できるようにしています。また、SPACE10以外の場所でも、フェスティバルや展示、カンファレンスがあちこちで行われ、デンマーク特有のスマートで民主的なデザインの事例が街中にあふれています。コペンハーゲンの街そのものが、活発なデザイン資源といえるでしょう。ふたつ目の特典は、より実務的なものです。すべてのレジデントが、レジデンスプログラムの担当スタッフとの定期的な「チェックイン」と呼ばれる支援システムを通じて、必要なサポートを受けることができるのです。この「チェックイン」によって、レジデントは自分の進捗状況や抱えている問題を共有でき、また担当スタッフは彼らを最大限にサポートすることができるのです。

Photo — CIRG for SPACE10

レジデンスプログラムの期間は2〜3ヶ月。そして通常、レジデントはこの間にプロトタイプを完成させることができます。そして彼らは当プログラム終了後も、好きな場所でこの研究をさらに発展させることができるのです。時には、彼らの研究がSPACE10の正式なプロジェクトのひとつとして結実することもあります。その場合は、SPACE10とレジデントの協業として、連名でクレジットに記載されます。しかし、SPACE10におけるレジデンスプログラムのおもな目的は、このような“目に見える成果”だけではありません。もちろん、モジュール式住宅や球状の都市型庭園のプロトタイプをオープンソースで提供できることは素晴らしいことです。しかし、さまざまな人とのコラボレーションを通じて何か作るということはさらに素晴らしいことなのです。新しい考え方や挑戦から得られるものは大きいのではないでしょうか。ではもう一度繰り返しますね。「その部屋にあなた以上に賢い人がいないなら、あなたはそこにいるべきではない」のです。