SPACE10

SPACE10は、人の暮らしと地球の環境を改善するために2015年、デンマーク・コペンハーゲンに創設されたリサーチ&デザイン研究所。

SPACE10が研究しているのは、近い将来に人類と地球の環境に影響をおよぼすと予想される主要な社会的変化について。これらに対する革新的な解決策を見出すためのリサーチとデザインを行っています。

SPACE10はつねに「自分たちよりも賢い人たちと一緒に仕事をする」ことを心がけています。そのため、世界中の先進的なスペシャリストやクリエイターのネットワークと連携してプロジェクトに取り組み、研究結果やアイデアをすべて公開しています。また、定期的に展示会や講演会、ディナー、上映会などを開催。人々と交流し、想像力を刺激し、視点を多様化させ、私たちのミッションを前進させることを目指しています。

Credits

Timo Feldhausはジャーナリスト・作家。アート、音楽、文学、ファッション、政治・社会問題など、多様な題材を扱った鋭い文章で知られる。Monopol、Süddeutsche Zeitung、032c、Friezeなどで記事やエッセイを発表。ベルリン在住。

心と身体の健康、そしてなぜ大便を確認すると自分の身体がスマートホームのような存在であることがわかるのかについて。

地球が人類共通の家であるならば、私たちの身体はこの地球上で一時的に暮らす小さな家だといえます。

地球も私たちの身体も修復が必要な状態であると考えていいでしょう。地球の生態系は、研究者たちがアントロポセンと呼ぶ人間の活動によって損なわれています。そして私たちのもうひとつの家であるこの身体さえも、「次に何をすべきか誰もわかっていない建設現場」のような状態になっています。

けれども、地球と身体にとってポジティブな出来事もありました。それは、私たちが人類史上初めてその構造に注目するようになったこと。そして私たちの住む両方の家はまだ修復可能だということです。

Sonic Healing
Video — FIELD.SYSTEMS

新しい家のカタチ

新型コロナウイルスによるパンデミックが発生してから、レジリエンスとウェルビーイングという概念に注目が集まっています。そして世界的なロックダウンにより、多くの人がストレスと孤独を感じるようになりました。ハーバード大学の研究によると、特にこの影響を受けているのは若者です。ロックダウンのせいで家に閉じ込められた彼らは、家族から社会へと巣立つタイミングを失ってしまいました。さらにパンデミックによる自主隔離によって、子どもから若者、中年、高齢者まで、あらゆる年齢層がもともと抱えていた心の脆さが悪化してしまいました。このような状況で自宅でのウェルビーイングを高めるために、個人として、また集団として、私たちに何ができるでしょうか?

幸いなことに、ウェルネスと健康にポジティブな変化をもたらす新たなテクノロジーがここ数年の間に次々と開発されています。瞑想アプリから抱き枕ロボ、スマートマットレスから空気清浄ブラインドまで、ホームテクノロジーは私たちの身体の状態を感知・解析し、医師やセラピスト、フィットネスグループ、サポートグループとつなげる新しい方法を生み出しています。今日のウェルネステクノロジーは、心豊かな昼から安らかな夜まで、あらゆる場面で私たちをサポートしてくれるのです。しかし私たちがテクノロジーに求めるサポートとは一体どのようなものでしょうか?

Digital Buddy
Visual — FIELD.SYSTEMS
「充実感を感じていますか?」
Mood Blossom
Visual — Osk Studios

「身支度」をする場所

抽象的な社会問題やその解決策は、意外な場所で見つかることがあります。同様に、家での健康やウェルビーイングを理解するためには、バスルームが鍵となります。

バスルームは、毎朝オフの状態の自分から、オンの状態へと変わる場所。悪夢にうなされたり、不安を感じる夜を過ごしたりしてたとえ元気がなくても、ベッドから出てバスルームに行き、顔を洗ったり、シャワーを浴びたりするだけで新しい自分に生まれ変わることができます。ボサボサの「プライベート」の自分から、新たな1日をすごすための「パブリック」な自分へ切り替えるのです。バスルームで身支度をせずに、人前へ堂々と出ていける人なんていないでしょう。

Photo — Unsplash

しかし、昔はそうではありませんでした。トイレ付きのバスルームは紀元前3000年までさかのぼりますが、プライベートな空間としてのバスルームが発明されたのは1850年代です。現代の住宅で、かならず鍵がついている部屋といえばバスルームでしょう。誰もがバスルームでのプライバシーを必要とするのは、おそらくそこで身をきれいにするだけでなく排泄もするからでしょう。

微生物が切り拓く未来

「大便が未来そのものですよ」とカリフォルニア・ヴェニスからのビデオ通話でAra Katzは私に言いました。彼女ほど大便と未来に精通した人はいないでしょう。Raja Dhirとともに設立したSeed Health社で、Katzは大便と未来の関係性を追求しています。3年前、Seed社はAIを使った腸の健康診断プラットフォームを運営するAuggi社(最近Seedが買収)とともに主導した#GiveAShitキャンペーンで注目を集めました。#GiveAShitを通して、Seed社はキャンペーン参加者から大便の写真をメールで募集したのです。その理由は、世界初で最大のクラウドソーシングによる大便の画像のデータベースを作成するためです。

「集まった写真をAIに学習させることで、画像に写っている大便の特徴をリアルタイムで把握できるようになりました」とKatzは説明します。「現在は94%の精度で大便を検出・解析することができるようになりました」

Seed社のミッションは「人と地球の健康に影響を与えるバクテリアの可能性を追求する」こと。同社は幅広いユーザーの調査をもとに、初の消費者向け製品であるDS-01™ Daily Synbioticを開発しました(定期購入は1カ月49.99ドル)。また同社は、ミツバチやサンゴ、農業や宇宙にも応用できるプロバイオティクスの開発を目指す、まさに現代の腸内細菌科学の理想郷を実現するためのシンクタンクでもあります。

腸内細菌についてはまだわからないことがたくさんあります。研究者たちは、腸と脳、そして人の感情には密接な関係があると言います。腸内細菌は胃腸の機能だけでなく中枢神経系にも影響を及ぼしているのです。私はAra Katzに次の質問をしてみました。「人体の腸の機能に匹敵するのは、家にたとえるならどの部屋?」

彼女は少し考えてから、「キッチンでしょう。同時に玄関でもありえますね」と答えてくれました。

「認識された成分」
Algorimthic Chef
Visual — Osk Studios

「私たちの身体は微生物の家なのです」とKatz。微生物は私たちとともに進化し、体内で驚くべき働きをしています。彼女は、微生物は一見無関係に見える体内のさまざまな機能をつないで動かしていることを家の電気設備にたとえて説明してくれました。「皮膚にいる微生物と腸内にいる微生物の働きはまったく違います。そして、へその中の微生物と口の中の微生物もまったく違います。微生物がいなければ大便を出すこともできません。ビタミンKやB12を作り出すこともできません。腸内細菌は、社会行動やストレスへの反応に直接関連する特定の神経細胞伝達物質を活性化することができます。また、成人の脳の神経可塑性にも影響を与える可能性があり、これは腸内細菌が脳の発達に一役買っていることを意味しているのです」

「大便のタブー」

バスルームには健康を向上させる新たなテクノロジーの可能性がたくさんあります。もしその可能性が未開発のままだとしたら、その原因は私たちの羞恥心です。

「大便はタブーというイメージを払拭したいと思っています」とAra Katzは言います。「これまで人は、人種、宗教、細菌など、扱いづらいトピックを敬遠し続けてきたのです」

「私たちは理解できないことに蓋をして、それに触れることは恥ずべきことだという理由を見つけようとする傾向にあります。物事を誤解し、恐れ、汚名を着せ、そして大便のように水で流してしまうのです」

「衛生設備がなく細菌が病害拡大の主な原因であった時代に大便を恐れることは理にかなっていました。しかし今は極めて高度なテクノロジーがあるため状況は変わりつつあります」

しかしスマートトイレが証明しているように、スマートテクノロジーをトイレに導入することに抵抗を持っている人が多くいます。たとえそれが便利で、デザインも良く、マーケティングがしっかりしていても。羞恥心だけでなく、たとえば排便を含む個人の健康データの追跡は、プライバシーに関する大きな懸念を引き起こしかねません。これは極めて私的な領域であるため、簡単に機械に任せることができないのでしょう。

もしも大便を追跡し研究することが健康に役立つとしたら、私たちは『プライバシー』をどのように定義すればいいのでしょうか? この答えをAra Katzのような人にぜひ教えてもらいたいものです。

Convolution Reverb
Visual — Yuri Suzuki
Sound Bubble
Visual — Yuri Suzuk

人が眠る理由はわかっていない

数日前、私はBilgi Karanにプライバシーについて聞きました。KaranはIKEA Home SmartのUXデザイナー。スマートスピーカー空気清浄機などのプロジェクトに携わりながら、現在は徐々にアラーム音が大きくなったり、照明をつけたり窓のブラインドを自動的に上げたりする機能が備わった目覚まし時計など、より良い目覚めのためのスマートテクノロジーを開発しています(スマートホームのデバイスを連携させ、快適な目覚めを実現することはIoTのトレンドのひとつでもあります)。彼は、他の専門家と協力しながらスマートデバイスと人の関わりを考えているのです。

私は彼にこう尋ねました。「あなたの仕事は、人が機械を信頼していることが前提ですよね?」

「そうです」とKaranは言います。「価格や互換性などの問題はありますが、最終的には本当にこれらのデバイスを信頼できるかどうかが大切です」

「信頼にはさまざまなレベルがあります。まず実際に購入したデバイスが目的の仕事をこなすことができるのか。長く使えるのか。そして家に置いておくほど信頼できるのか。私たちの行動を監視したり、予期せぬことをしたりしないか」

今、世界中で研究されているスマートヘルス機器は、どれも同じ課題を抱えています。プライベートかパブリックか。オープンかクローズか。勝手にスマートフォンに接続されていないか。どのような状況であればスマートフォンに接続していいのか。未来は開かれています。そしてそれは、国境、アイデンティティ、性別、知的財産、そしてもちろんデバイスとIoTとの関係にも言えることです。しかも今やIoTは空気のようにどこにでも当たり前のように存在しているのです。

Convolution Reverb
Visual — Yuri Suzuki

スマートハウスでもっとも興味深い部屋についてKaranの意見を聞いてみました。

「それはさまざまな角度から考えることができますし、文化に大きく関係しています。ほとんどすべての文化において、家の中で一番コンタクトポイントが多いのはキッチンです。そして寝室は1日の始まりと終わりの場所です」

そして一息おいてこう続けました。

「睡眠は非常に興味深い概念です。人はなぜ眠るのかまだ解明されていないのですから」

「でもそれは当然、休むためですよね」

「でも、それなら力を抜いて天井を見つめていればいいじゃないですか。それだとなぜ同じような効果が得られないのでしょう? 睡眠は脳にどのような影響を与えるのでしょうか?」

「脳も休まなければならないのではないですか?」

「そうですね。でも寝ているときも脳は活動しています。そう考えると、寝室がもっとも興味深い部屋かもしれません。眠らなくてもそこで過ごすことが多いのですから。ベッドでドラマを一気に観たり、ずっとスマートフォンをスクロールしたりしていますし」

私たちがテクノロジーに頼るのは、基本的な身体機能を果たすために自分自身の身体を信頼せず、外部の力を求めているからなのかもしれません。睡眠薬に代わって登場したヘルステクノロジーは身体に優しく、調和のとれた方法で私たちをサポートしてくれます。そして健康アプリは症状を改善するだけでなく病気の原因を探り、データを通じて私たちの体を理解する手助けをすると謳っています。本当に効果が得られるのであれば、もっとテクノロジーを信頼できるようになるかもしれません。

Forever Meadow
Visual — Pitch Studios

部屋は家にもなり、家は居場所にもなる

最近、寝つきが悪くなったという人もいるかもしれません。

パンデミックによって引き起こされた不眠症を「コロナソムニア」と呼びます。夜になっても眠れないという人がふたりにひとり以上いると言われています。

私もこの問題を抱えており、心理療法士からいくつかのことを提案されました。食生活を変える、瞑想する、寝る前に少し踊る、次の日の予定を書き出す、強い睡眠薬を飲むなど。そして毎晩、音楽を聴くことを勧められました。

一度、作曲家Max Richterの8時間に及ぶ子守唄“Sleep”をほぼ全部聴いても眠れず発狂しそうになったことがありました。他にも何曲か聴いていたら、アルゴリズムが素敵な曲をお勧めしてくれました。その歌詞は私が現在取り組んでいること、つまりこの原稿にピッタリと合っていたので、コンピュータが私を監視していたのではないかと思ってしまったほどです。でもあまりに素晴らしい曲だったので気になりませんでした。それはBurt Bacharachの“A House Is Not a Home”というシンプルながら素晴らしい曲で、2番の歌詞にこうあります。

しかし部屋は家ではない
そして家はホームではない
ふたりが遠く離れているときは……

But a room is not a house
And a house is not a home
When the two of us are far apart…

世界中の多くの人がワンルームマンションで暮らしているので、「部屋は家ではない」はピンと来ないかもしれませんが、その後に続く歌詞は多くの人の心に響くでしょう。スマートホームは、私たちの世話をすることで温かいホーム(居場所)を作り出そうとしているのです。

ウェルネステクノロジーが家の中で身近な存在になるにつれ、プライベートとパブリックの境界線という問題が浮かび上がってきています。

誰もが健康でありたいと願っているため、私たちは家にテクノロジーを導入するにあたりプライベートの限界について考えようとします。しかし、その答えは時代遅れだったり、文化的に特殊だったりします。あるいはその答えがわからないこともあります。普段は穏やかに目覚めたいと思いますが、なぜ眠るのかさえわからなくなる日もあるのです。

ロックダウンによって私たちは多くの疑問を抱くようになりましたが、同時に多くのことを教えられました。私たちは親密さや人との距離感にまつわる先入観を見つめ直すことが、時として大切であることを再確認しました。そして身体を大切にすることで、私たちは家の中に心休まる居場所を作ることができるのです。

新型コロナウイルスによってもたらされたのは深刻な健康被害。しかし、人間が引き起こした気候変動の脅威に対する意識を高めるきっかけにもなりました。大規模な対策も現実的なものとなっています。エコ資本主義を求める声も大きくなっています。ロックダウンは、「家にいるだけで」パンデミックの行方を変えることができることを教えてくれたのです。そして副次的な効果として、人類共通の故郷である地球を大切にするという別の未来を想像することができるようになったのです。

Mood Blossom
Visual — Osk Studios