2022年に80億人に達すると見込まれている世界人口。増え続ける人類が自然と調和して生きていくにはどうすればよいでしょう?  デンマークのリサーチ&デザイン研究所 SPACE 10による「The Ideal City 2040」は、自然と調和し、人々の生活も環境も豊かにする2040年の都市のあり方を模索したインスタレーションです。観客は3つのありえる未来の都市の姿を、コイン式の双眼鏡の姿をしたVRヘッドセットを通してリアルな形で体験できるようになっています。

このインスタレーションの一環として、SPACE 10はスペキュラティブ・アーキテクトであるリアム・ヤングを招いたトークセッションを開催しました。未来を思索するきっかけをつくるスペキュラティブ(思索的)な作品を多く手がけるヤングは、自身の学術的研究をもとに、100億人が暮らす未来の巨大都市「プラネットシティ」をデザインし、それを映像作品や本で発表しています。そのリサーチやコンセプトから私たちが学べることとは? (以下、SPACE 10のJournalより転載)


「The Ideal City 2040」 は、SPACE10が2021年に出版した書籍『The Ideal City』 で紹介されているプロジェクトやデザイン、視点を「Garden City」「Solar City」「Coastal City」という3つの生物区(bioregion)別のスペキュラティブな都市空間に転換したものです。

この未来予想プロジェクトのなかで、SPACE10は2040年のありえる都市の姿を、現在の技術やノウハウをもとに提案しています。ここで描かれているのは、都市が自然と調和し、環境と生活の質が向上している未来です。

例えば「Garden City」では樹木がつくる木陰や庭園によって冷却される都市を描きました。庭園では再生型農業が営まれ、地産地消によって食糧輸送による環境負荷も低減されます。この都市では、住民たちは共同生活と循環型経済の恩恵を享受するのです。

一方の「Solar City」では意思決定者が地元住民の知見や土地に古くから伝わる知識を活用し、手ごろな価格の太陽光発電住宅を建設している未来を描きました。

「Coastal City」で描いたのは、周囲の河川や海の潮流の変化と共存する都市のありかたです。この都市では、住民が必要とするものがすべて徒歩圏内に揃っています。

SPACE10は、2040年のコペンハーゲンやナイロビ、深圳といった都市の楽観的な姿──安全で暮らしやすく、実現可能な姿──を描くことの価値を信じています。ただし、何がユートピアであるかは主観的なものである点も理解しています。

「何がユートピアで何がディストピアかは主観的な問題であり、このインスタレーションを体験し、受け取る観客によって異なります」とリアム・ヤングは言います。

人と地球にとってより良い日常を実現するためには、複数のビジョンが必要です。そこでSPACE10はスペキュラティブ・アーキテクトで映画監督のリアム・ヤングを招き、都市のあり方を再考した彼の映像作品Planet City」のリサーチとコンセプトについてお話を伺いました。

2,034,965,388個のトマト

2050年には、世界人口の3分の2が都市に住むようになると言われています。都市は世界の二酸化炭素排出量の7割を排出している一方、多くの人間が集まって住むことで医療や教育にアクセスしやすくなり、環境への負荷も最小限に抑えられる可能性もあるでしょう。そうした暮らしを実現するために必要不可欠なのが住宅です。しかし、いま世界の都市にある住宅のうち手ごろな価格で手に入るのはわずか13%に過ぎません。巨大化する都市でどう共同生活を送るのか、課題は山積みです。その一方、ここには多くのチャンスも秘められています。

「Planet City」は私たちが今日取り組んでいる社会問題や環境問題を検証するスペキュラティブなフィクション作品であり、批評的建築でもあります。作品の舞台は、人類が協力して自然から奪った都市を野生に戻し、地球規模の再野生化が進んでいる架空の未来です。地球上の人類は何世代にもわたって一つの都市に閉じこもって暮らしています。プラネットシティと呼ばれるこの超密集型の首都は、人類による何世紀にもわたる植民地化、グローバリゼーション、際限のない経済活動、天然資源と人的資源の搾取を巻き戻すために建設されました。都市には100億人が暮らし、7,047の言語が使われる、毎日異なる文化の祭りが開催されています。この映像作品は、そうした暮らしがいかに活気に満ちたボーダレスな都市をつくりあげるかを示したものです。

「想像上の都市は、常に新しいシナリオや新しい文化をプロトタイプする舞台となってきました」と、ヤングは言います。「そうした都市のスペキュラティブな街並みを使って、私たちは想像しうる、あるいは想像だにしない未来や、それに関連する社会的・政治的なイデオロギーを描くことができるのです」

「Planet City」プロジェクトは、ヤングが率いる都市未来シンクタンクのTomorrows Thoughts Todayとノマド型リサーチスタジオのUnknown Fields Divisionによる長年のリサーチとフィールドワークをもとに構成されています。さらに科学者やセオリスト、技術者、食品スタートアップ、先住民族の語り部たちの知識や視点を結集することで、この作品は科学や技術に根ざしたものとなっています。投資によって規模が拡大すれば、人が引き起こした気候変動のなかでも人間やほかの生物の生命を維持していけるでしょう。

「ひとつはっきりさせておきたいのは、『Planet City』が提案ではなく思考実験であるという点です」と、ヤングは話します。「『Planet City』は実際に機能しうる都市モデルなのです。この都市でどれだけのトマトを生産できるか、あるいは生産しなくてはならないかもわかります。完全にばかげたアイデアでもありますが、もし100億人の『Planet City』が機能するのであれば、同じモデルでロサンゼルスやロンドンを再考できない理由はありません」

「私たちはすでにプラネットシティの住民である」

このプロジェクトのなかで、ヤングは現実世界の映像とレンダリングでつくられた架空の都市の映像の両方を使い、全人類が住むふたつの都市の物語を語っています。ひとつは架空の都市、プラネットシティ。もうひとつは私たちがいま暮らしている、地球という惑星全体を使った都市です。

「本当のフィクションは『Planet City』のほうではありません。私たちがいまのような生活を続けても絶命しないという考えや、既存の都市のあり方のほうがフィクションなのです」

ヤングは、古くからSFで注目されてきた惑星規模の都市「エキュメノポリス」を挙げました。これは、メガシティが拡大して小さな都市とつながっていき、やがては人類の定住によって惑星全体の都市が都市化されるという概念です。「もちろん、今日においてエキュメノポリスはもはやフィクションではありません。都市開発によって大気、海、地球の構成は大きく変化しました。見渡す限りの土地が資源の生産地となり、国は工場となり、海はベルトコンベアーとなったのです」

生物学者エドワード・O・ウィルソンは人類が開発する土地を地球の50%に縮小し、残りの半分を人間が立ち入らない保護区にすることで、生物多様性の保全と、人間が依存する陸上・海洋環境の再生を図るとい「ハーフアース(地球の半分)理論」を提唱しました。一方ヤングは100億人がわずか0.02パーセントの土地、つまりアメリカの平均的な州とほぼ同じ広さの土地に住むことも可能と試算しており、これがプラネットシティの出発点のひとつとなっています。

では、どうすれば私たちはもっとコンパクトに暮らせるのでしょう? そして、そのコンパクトシティはどうすれば循環型のクローズドループなシステムをもつコンパクトシティになるのでしょう?

必要な知見は、すでにここにある

ヤングらは地球上で最も密集した都市構造物の研究や、現在の人類が土地や海、そしてほかの人類に与えている影響の理解などを通し、有害な資源開発と有用な人為的介入の双方の視点を「Planet City」に盛り込みました。

例えば視覚的に見えるものとしては、自律型ロボットが清掃を行なう垂直型の太陽光発電所や、都市のバッテリーとして機能する藻類が生息する運河などが挙げられるでしょう。また、この都市では垂直農場が炭素の吸収と食料生産を担い、衣服も布の無駄な廃棄がない型紙を使って製造されています。都市のインフラはリサイクルやアップサイクルによって建設されるので、新しい原料を必要とせず、廃棄物も出ません。「『Planet City』に登場する技術は既存の技術です。そのほとんどは10年、15年前からあったものです」

ヤングはこう話します。「このプロジェクトから得られる示唆のひとつは、気候変動対策はもはや技術的な問題ではなく、文化や政治的な問題であるということです。自分たちが掘った落とし穴から抜け出すために必要なソリューションはかなり前から存在しています。こうした技術を有意義に、惑星規模で展開すればどうなるでしょう?」

実現可能な現実に根ざした世界観の構築

ヤングにとってのSFとは、未来を予測し、その未来に向かって努力することではありません。むしろいまアクションを起こすためのきっかけとなり、現在の状況をありのままに映すことでいま下すべき決定に関する情報を提供するものなのです。

「それがポジティブであろうとネガティブであろうと、望ましいものであろうとディストピアであろうと、未来に関する物語が語られれば語られるほど、その未来の風景も鮮明になっていきます。そうなれば、私たちが次に取るべきステップもより理解しやすくなるでしょう」

「Planet City」は作家や思想家、そして普段は話題の中心にならないようなアイデアや議論を中心に据えています。そうすることで、このプロジェクトが多くの人が物語を生み続けたり、未来をさまざまな視点から想像したりするきっかけとなり、私たちが共有する複数の未来についての重要なアイデアを生む器となればとヤングは願っているのです。

「フィクションは特別な言語です。文化はフィクションを通じてアイデアを伝え、普及させますよね。さまざまな意味で、私たちはみな物語を読み解く能力を備えています。そして想像の世界が生むナラティブは、ありえる未来を想像するのにも役立つのです。物語は文化の産物ですが、逆に文化もまた物語の産物であってほしいと思っています。私たちが物語を書くということは、世界を描き始めるということでもあるのです」


-Credit

リアム・ヤング

デザインとフィクション、未来をテーマに活躍するオーストラリアのスペキュラティブ・アーキテクト、映像監督。新しい技術がもつ局所的、世界的影響を研究するシンクタンク・Tomorrows Thoughts Todayや、世界各地に新しく生まれた現象を記録するノマド型リサーチスタジオ・Unknown Fields Divisionの共同創業者。その先見性あふれる映像作品や、彼が映画業界やテレビ業界のために生み出すスペキュラティブな世界観は、素晴らしい明日のビジョンであると同時に、今日私たちが直面する環境問題の検証でもある。ヤングのフィクション作品は自身の学術研究に基づいており、プリンストン大学やマサチューセッツ工科大学、ケンブリッジ大学では客員教授を務めた。ロサンゼルスの南カルフォルニア建築大学(SCI-Arc)ではフィクション&エンターテインメントの修士課程プログラムを担当。著書に『Machine Landscapes: Architectures of the Post Anthropocene』『Planet City』など。

デンマークのコペンハーゲンに拠点を置くリサーチ&デザイン研究所。人類と地球に影響を与えるであろう大きな社会変化に対する革新的な解決策を研究・デザインするという目的のもと、2015年に設立された。
常に自分たちよりも賢い人たちと一緒に仕事をすることを大切にしており、世界中の先進的な専門家やクリエイターのネットワークと連携してプロジェクトに取り組んでいるほか、研究結果やアイデアはすべて公開されている。また外部の人々と交流し、想像力を刺激し、視点を多様化するために、展示や講演会、ディナー、上映会などを定期的に開催している。 
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