• テキスト:Tomonori Makita
  • 撮影:Yuta Sawamura

世界一幸せな国と言われているデンマーク。そんな国で実際に働く人々がどのような暮らし方働き方をしているのかデンマーク在住の蒔田さんが一人一人のお話を伺いながら紐解いていくシリーズの第二弾。

前回の記事はこちら→『幸せな国に来たって幸せになれるとは限らない 。豊かな時間を過ごしながらパフォーマンスを発揮するデンマーク流働き方とは』

松井ノブアキ

バリスタ。コーヒー焙煎士。2013年から 行われている焙煎のチャンピオンを決める世界的な大会World Coffee Roasting Championship (WCRC)の2018年デンマーク代表。 大阪の高槻でバリスタとして修業をはじめ、東京そしてコペンハーゲンと活躍の場を移す。ミルクと砂糖をいれて美味しくいただく伝統的なコーヒーのプロファイルとは一線を画すスペシャリティコーヒーの魅力にとりつかれ、2012年にコペンハーゲンに移住。コペンハーゲンのカフェ デモクラティックコーヒーでバリスタとして働く。

Writer | Tomonori Makita

1980年6月26日生まれ。 環境に優しいサステイナブルな建物をデザインする視点からさまざな建築プロジェクトに携わる環境設備エンジニア。空気のエンジニア。ロンドンの歴史的な街並みに魅了されて渡英し、歴史的建築物の保存や改修について学ぶ。その後、デンマーク人との結婚を機にデンマークに移住。デンマーク工科大学院で建築工学修士課程修了。2017年より現在の会社、ヘンリックイノベーションで働く。コペンハーゲンを中心に、多くの建築家たちとコラボレーションを行っている。

表面の泡のないのが松井君のエスプレッソの特徴の一つ

僕がコペンハーゲンに来る方に絶対おすすめしたいカフェの一つにデモクラティックコーヒーがある。そしてそこで、松井君のエスプレッソを飲んでほしい。

エスプレッソというと、濃くて苦いコーヒーを砂糖とミルクを入れて飲むというイメージがあるが、松井君のエスプレッソは違う。まるで全然違う。浅く焙煎された豆から抽出される液体はコーヒーというよりも、むしろ濃い玄米茶を連想させるような色をしている。香りを楽しみつつ、目をつぶって飲んでみると、コーヒー独特の苦みがほとんど感じられずに、逆に酸味が引き立てられ、まるで搾りたての柑橘系のジュースのような、さわやかな味わいがある。この味を、バリスタ松井君の丁寧なコーヒー豆の説明から飲み方まで話を聞きながら飲むのは、本当に素敵な時間だ。 今回はデンマークでそんな素敵なコーヒーをバリスタとして提供している松井君に色々とお話をうかがわせていただきました。

女の子にモテそうだし、かっこいいかなと思ったのがきっかけでした(笑)

蒔田:まず最初に、簡単なデンマークまで来た経歴を教えてください。

松井:大阪の高槻というところで生まれ育ちました。26歳の時に東京に出てきて、30歳の時にデンマークに来ました。現在デンマーク在住8年目です。

蒔田:中々バリスタになろうと思ってデンマークに来られる方って少ないですよね、そもそも僕は、あんまりバリスタってお仕事を知らないです。バリスタって何ですか?

松井:元々バリスタという言葉はイタリアのバル(軽食を提供する飲食店)のカウンターの中にいる人をさす言葉だったんですが、現在ではもっと専門色が強いコーヒーを淹れるスペシャリストという意味で使われる事が多いと思います。

蒔田:ワインでいうソムリエみたいな職業がコーヒーでいうバリスタですか?

松井:バリスタの豆の生産から焙煎まですべてに通って知識を持ち合わせてるところは、ワインの原産国からその製造の過程まで知識を持っているソムリエに似ている職業だと思います。大きく違うところは、抽出という最後の大事なところをお客さんの目の前で行うところかなと思います。

蒔田:なるほど、なんだか奥が深そうですね。ところで何でバリスタになろうと思ったのですか?

松井:正直女の子にモテそうだし、かっこいいかなと思ったのがきっかけでした(笑)。そんな不純な理由で、地元のおしゃれなカフェでバイトを始めました。そこで初めてコーヒーマシンを目にしました。最初は「何の機械だ?」と思いましたね。カプチーノっていうものを知ったのも21歳の時でした。

その頃から美味しいコーヒーを飲みに、色々なカフェを廻るようになりました。その当時はデザインカプチーノ(ラテアート)というコーヒーが出始めた頃でした。僕は京都のカフェで初めてデザインカプチーノというものを頼んでみました。ミルクがハートの形になっているのを見て、「これは偶然なのか?」と思い同じものを2度頼みました。そして、2度目も同じくミルクがハートの形になっているのを見て、これは偶然ではなくて、バリスタという職人の技なんだということに気づきました。その頃からバリスタを職人として意識し始めました。

デンマークにはバリスタのチャンピオンが4人もいるコーヒー大国

蒔田:そしてその後、バリスタの職人芸を磨くために東京でもカフェで4年間ほど働いていたみたいですが、なぜそこからデンマークに来る運びになったのでしょうか? 

松井:上京した時くらいから海外で働く事を意識し始めました。日本人がたくさんいるかもしれない英語圏は選択肢になく、イタリアンやフレンチで働いていたのもあって、その候補としてまずヨーロッパが思い浮かびました。さらにその時たまたま見た北欧系のデザイン雑誌で、デンマークにバリスタのチャンピオンが4人もいるという記事を目にして、どうしてあんな小さなデンマークそんなに多くのチャンピオンがいるのか、興味が惹かれました。

蒔田:デンマークの人は本当にコーヒーを飲む人が多いですもんね。一人当たりのコーヒー消費率はいつも北欧の国が上位を独占しているというのもありますし。実際にデンマークに引っ越してくる前にデンマークに来たことはあったんですか?

松井:2009年と2010年に旅行で初めてコペンハーゲンに来ました。その時にコーヒーコレクティブというスペシャリティコーヒーのお店で豆を買って、日本に帰ってから淹れてみたんです。試行錯誤して運良くうまく抽出出来たのですが、びっくりするくらいブルーベリーのような風味が感じられる、今までに味わった事のないエスプレッソでした。コペンハーゲンに行こうと決めたのは、このコーヒー豆との出会いです。ただのコーヒーでこの味が創れるなら来る価値があると思いました。

蒔田:そこからデモクラティックコーヒーで働きだしたきっかけを教えてください。

松井:ワーキングホリデービザでデンマークに来て職探しをしてる時にコーヒーコレクティブで知り合った友人に紹介されて、World Barista Championshipのデンマーク代表を決めるイベントのボランティアとして働く事になりました。そこに観客として来ていた今の店のオーナーが僕の事を覚えていて、僕がたまたま今の店を訪ねた時に話しかけてくれたのがきっかけになりました。

最初はヘルプで週に1度だけという話だったのですが、「働きます」といえば、すぐに仕事が回ってくるし、いつの間にか週5日働くようになりました。

蒔田:デモクラティックコーヒーってどんなとこですか?

松井:デモクラティックコーヒーは市内の中央部にあるコペンハーゲン中央図書館に隣接したお店です。ですので、図書館に来る人、観光客、買い物客はたまたホームレスなど色々な人がコーヒーを飲みに来ます。 コーヒーショップのブランドや名前だけじゃない、いろいろな人が来られるのが他のスペシャルコーヒーを扱う路面店とは大きく違いだと思います。

蒔田:デンマークに来るまでにすでにバリスタとして日本で10年以上働いた後に、デンマークのデモクラティックコーヒーで働いて最初に驚いたことって何ですか?

松井:このお店はオーナーが脱サラして始めてまだ1年ほどのお店だったので、オーナーと20歳ぐらいのデンマーク人学生の女の子がバイトで二人いるだけで、プロのバリスタがいなかったことです。コーヒーはバイトの二人が作っていました。

コーヒーのマニュアルとかも殆どなくて、僕が1から作り上げなくてはいけなかったのが驚きました。

蒔田:デンマーク人の働きかたで衝撃を受けたことって何ですか? 松井:若い人でも一人一人が自立していて、責任をもって堂々と仕事をしているところです。このお店には、僕が働く前から、バイトの女の子がいたのですが、この女の子たちも責任をもって堂々と仕事をしていました。とりあえずなんでも、最後までやってみる。お客さんとのコミュニケーションなんかもしっかりしていました。おすすめのコーヒーなんかを聞かれてもちゃんと自分で説明してみようとする。決して完璧な回答ではないにせよ、自分ですべて対応しようとしているところは、とても自立していると思います。自分が20歳ぐらいの時は、そこまでできていたかなって考えると、とても感心します。

デンマーク代表として大会出場を経験したことでメンタルが強くなった

蒔田:その後わずか数年で松井君は、焙煎の技術を競うWorld Coffee Roasting Championship (WCRC) のデンマーク代表に選ばれたわけなんですが、デンマークの代表になるまでの経緯を教えてください。

松井:2017年に初めてその大会に参加したのですが、その時は途中で失敗してしまって、全くダメでした。2018年はその逆で、全てがうまくいき見事優勝することが出来ました。昨年の大会も頑張ったのですが、最終的には3位で世界大会には行けませんでした。

蒔田:わずか2年目でデンマーク代表!!その後に世界大会に参加するわけですが、緊張しませんでしたか?

松井:競技が始まれば、緊張は感じなかったのですが、そこに至るまでは初めて国際レベルの大会に出るという意味で、とても緊張しました。

会場がイタリアのボローニャから南東にいったリミニという町だったのですが、僕は国際大会も初めての経験で、何も分からないのに一人で行きました。他の国の代表はみんなサポートの人を2,3人連れてきていて、大会中ずっと代表の焙煎士をサポートしていました。大会は4日間という長期にわたって焙煎のテクニックやその知識を試されながら競うのですが、4日間という長い戦いを一人でこなさなくてはいけなかったのが大変でした。国際大会のルールというのも初めてだったので結果としては、13位という不本意なところで終わりました。でも世界大会を一人で戦い抜いたのは、その後につながるいい経験だったと思います。

 大会に出たことで新しい経験をできたことも大きかったですが、メンタルが強くなったことの方が大きいです。デンマークに来た当初の模索を繰り返していた時期を考えると、デンマークに来た一つの達成感が感じられます。

新しいチャレンジや自分の想像のつかない味などから、自分のクリエイティビティが刺激される

蒔田:僕は松井君が淹れてくれるエスプレッソが今までの僕のエスプレッソの常識を根底から覆してくれて大好きなのです。そこには、松井君の緻密な計算にあふれているんだけど、その背景には、デンマークのコーヒーの影響を多く受けていると思います。

そんな松井さんから見てデンマークのコーヒー業界ってどんなところだと思いますか?

松井:デンマークのスペシャルティコーヒー業界の主流は、浅煎りの豆を使うコーヒーです。浅煎りにすることによって、コーヒー豆本来の味が感じられる。そういう今までなかった新しいものに挑戦するオープンマインドな人たちが多いです。トライアンドエラーを繰り返しながら一歩一歩進む。あと、良いところを見つけるのが得意だと思います。

蒔田:休みの日などは、どういった事をされているんですか?そういったリラックスをしているときからクリエイティビティって湧いてくるんですか?

松井:寝てることも多いですが、一人で外食に出かけることも多いです。フレンチ、イタリアン、新しいノルディックフードなど、色々なレストランに行きます。他の飲食業の人がやっている新しいチャレンジや自分の想像のつかない味などから、自分のクリエイティビティが刺激されることも多いです。

僕の場合、リラックスしているときや休みの日にあまりクリエイティビティは湧いてきません。毎日お店が閉まってから、1-2時間ぐらい自分でコーヒーの淹れ方を色々試したり、勉強したりしています。僕の場合は、そういったコーヒーへ正面から取り組んでいるときにクリエイティブなアイディアが生まれることが多いです。

蒔田:デンマークという新しい地で色々な経験をしてきたかと思うのですが、将来の夢とかはありますか?これからどういうコーヒーを淹れていきたいとかもあればぜひ聞きたいです。

松井:将来の夢は漠然とですがいつか独立したいなと思います。 コーヒーという商品は難しいです。伝統的なコーヒーを好む方には、新しいスペシャリティコーヒーを受け入れない方もいます。だからといってマーケットに合わせたコーヒーは淹れたくない。味の好みは人それぞれあるとは思うんですが、出来るだけ多くの人に自分の”美味しい”をわかってもらうために、品質という意味での味を追求していきたいです。

一日のスケジュール

  • 6:00 起床
  • 8:00 会社へ向かう
  • 7:00 出社して仕事開始
  • 7:30 カフェオープン
  • 14:00 昼食
  • 14:30 仕事再開
  • 19:00 カフェクローズ
  • 19:30 コーヒーの練習
  • 20:30 帰宅
  • 21:00 夕食
  • 22:00 自由時間
  • 0:00 就寝