-今回は「ツキイチレストラン」のシェフである大久保さん(※1)のご紹介で、お話をお伺いさせていただくことになりました。大久保さんとはどのような出会いだったのですか?
私たち夫婦が住んでいる、鳥取県智頭町(ちずちょう)の観光施設にぶどう農家として出店した際、大久保さんが私たちの隣でチーズケーキやサンドイッチを販売されていて。隣同士で話が弾んで、「ぜひレストランで食材を使いたい」とお話をいただき、交流が始まりました。
-「ツキイチレストラン」では、ジンジャーレモンソーダに古谷さんの生姜を使わせていただています!
古谷さんはご夫婦で、ぶどうをメインに農業をされているそうですが、農業を始められたきっかけは何ですか?
10年前に夫が「独立して農業を始めたい」と言い出したのがきっかけで、その当時は関西にいましたが、鳥取県に移住してきました。
夫は鳥取大学農学部卒業後、京都にあるワイナリーに勤めていて、その後私たちの「師匠」となるぶどう農家さんにそこで出会って。
自宅の前で何十種類ものぶどうを作る家族経営のぶどう農家さんで、その方の生き様に感動して、とっても影響を受けて。
「ぶどう農家になろう」と決めて、大学時代からゆかりのあった鳥取に移住を決めました。
-ぶどう農家の師匠!素敵な出会いだったんですね。奥さまも、元から農業に興味はあったのですか?
私の方は、高校卒業後に農業大学校に入って、卒業後も農業のお仕事に少し携わっていました。
食べることに興味があって、それを一生仕事のできるって素敵だなあと思って。
小さい頃家族で行った梨狩りの記憶が楽しくて、梨を作りたい!と思い、農業大学校では果樹を専攻しました。
元々興味があったことでもあったから、夫と一緒に鳥取県への移住を決意。今年で8年になります。
私たちの暮らす智頭町は移住に力を入れていて、震災後は関東から移住してくる方も多かったようです。
「森のようちえん」という、子供の自主性を大切にする幼稚園があって、そこに通わせたいと若い方の移住も最近では多くて。
とにかく”ウェルカム感”が強いので、移住を検討されている方にもお勧めです!
-コロナ禍の近年は、移住の人気が高まっていますよね。古谷さんのように農業で移住される方も多いですか?
兼業農家さんはいますが、私たちのような専業農家はほんの一握り。なかなか、農業一本で・・というのは厳しいのが現状です。
そんな中、あえて専業農家としてやっているのは、やはり師匠であるぶどう農家さんの影響。
「ぶどう一本って、かっこいい!」師匠への憧れの気持ちで、これからも専業農業は貫きます!
-そう仰る古谷さんも、かっこいいです!ちなみに、鳥取はぶどうに適した気候なのですか?
山梨県や長野県等ぶどうの名産地ほどではありませんが、山間部に位置する智頭町は、昼と夜の寒暖差が激しいので美味しいぶどうができやすい環境みたいです。
最近では、地元でワインを作りやすい制度が整ってきたのもあり、ぶどうの需要も増えてきているように感じます。
-というと、古谷さんのぶどうもワインに使われたりするのですか?
いえ、うちは100%生食用。販売も自宅の前で、あえて農協や市場には出さず、直売にこだわっています。
やっぱり、一番良い状態でお客さまに召し上がっていただきたい、という想いが強くて。作ったその場で、一番鮮度が良い状態で、かつ輸送費がかからないので適性価格で提供できる。
大変なことはたくさんありますが、お客さまお一人おひとりと顔を合わせることができるのが、一番の励みで、楽しい瞬間です。
-一番美味しい状態を、適性価格で。お客さまにとっても、嬉しいことですよね。
-古谷さんはぶどうのほか、お野菜も作られていると伺いました。例えば、今回ジンジャーレモンソーダで使わせていただいている生姜について、何かこだわっていらっしゃる点はありますか?
生姜に関しては、土にこだわっています。
実はぶどう以外の農作物で、今年から新しく始めたことがあって。
土には肥料を使わず、その土地の力を使った野菜づくりをスタートしました。
これまでは通常のスタイルで、土地を耕して、化学肥料を使っていました。私自身、これまでのやり方は決して悪いことではなく、それがあったからこそ、農業はここまで進歩したのだと思っています。
ただ、最近農業やそれに関わるいろんなことを学ぶ中で、「食糧危機」が近い将来現実に起こり得るということを知りました。
現在、肥料や農薬のほとんどは海外産のものに頼っています。世界的に食糧危機が起こったとき、それらが使えなくなると、輸入に頼らず身の回りのものでやるしかない。そうなった時に困らないように、今から実験的に、準備をしている感覚です。
例えば、知り合いの畜産農家さんは、牛のフンで堆肥を作っています。そうした地元のものを積極的に使って、地元で循環させて、持続可能な土づくりを始めよう!と思ったのがきっかけです。
収穫量は正直、これまでの化学肥料や農薬を使う方法と比べると、大幅に減少します。
でも、長い目で見て、持続可能なことをしたいと思って。今年がその最初の年です。
自分一人では、それほど大きな影響力はないかもしれない。でも、ひとつの農家から変わることが、大事だと思っていて。私たちの取り組みを知ってもらって、共感してくれる人が増えれば、きっといつか大きな力になると信じています。
また、土に着目したのにはもう一つ、理由があります。
私たちの周りでも、高齢化が物凄いスピードで進んでいて。この春から田んぼを使わなくった方がパタパタと出てきて、休耕田がどんどん増えている状況です。
農地って使われないと、もう一度やる時にとても労力がかかるんです。せっかくの農地がもったいない……そのような状況と、先述の「食糧危機」への不安が合わさり、なんとかして私たちで活用できたら、と思ったのがきっかけでもありました。
それらの土地全てに、時間もお金もかけることは現実的ではないから、良い意味で「いいかげんな農業」をしています。自然農法を参考に、種は蒔くだけ、土は耕さず、肥料は使わない。ほったらかしの「省力化農業」だけど、使われることが大事だと思っています。
-どんなに良いことも、長く続かなければもったいないですもんね。「いいかげん」に、無理せず、長く続けられる方法を実践するって、何事にもおいても大事だと感じます。
古谷さんは、目の前のことだけでなく、とても長期的な視野で農業や物事を考えてらっしゃるなと思うのですが、そのように考える機会や、インプットはどのようにされているのですか?
智頭町には「智頭の山人塾」という会があって。智頭町は林業のまちなのですが、林業を生業とするための知識や術を教えてくれるところで、そこで土壌について学びました。
またオンラインセミナーで、全国各地の自治体や団体の方々からお話を聞いてインプットしたりもします。
コロナ禍でオンラインのセミナーも増えたので、智頭町のような山奥にいても、わざわざ出向かなくても、情報をインプットできます。いろんな人から話を聞いて、見て、知る。そのインプットを元にアウトプットして、未来のために何か始めてみる。
「持続可能な土づくり」も、今はぶどうや白ネギといった主力のもの以外の作物で、実験的にしていること。
この先もずっと、おいしいものを食べ続けられるように、未来のために小さなことでもいいから、実践していきたいと思っています。
農家さんから「土にこだわっている」と聞くと、一般的に「味のため」「栄養価のため」のイメージですが、古谷さんのこだわりは全く別物。
この先もずっと、美味しいものを安心して、食べ続けられるように。持続可能な農業を考えた、土へのこだわりでした。
SDGsを多くの方が意識し始めた今、何か自分にできることから始めてみる。そしてその輪を広げて、大きな力にしていく。
自分たちの暮らしに置き換えて考えさせられる、素敵なものづくりのお話でした。
古谷さん、貴重なお話をありがとうございました。
※1
大久保ゆかさん
鳥取県鳥取市用瀬町にある「リベルタ・ラ・クチーナ」のシェフ。
greeniche米子店で月一回オープンしている特別なレストラン「季節を楽しむツキイチレストラン」で、お料理を担当してくださっています。