社会保障が手厚く、世界幸福度ランキング1位の国として知られているデンマーク。実は、The Digital Economy and Society index (DESI)3年連続No.1を獲得するほどのデジタル先進国としての側面も持ち、米有力経済誌が選ぶ「ビジネスに適した国」ランキングでも1位に選出されています。

また、世界で最も予約がとれないレストランNomaを代表とするNew Nordic Cuisineという潮流を生み出し、食の世界でもイノベーションを起こしています。 日本では、おとぎの国のイメージが強いデンマークですが、実際のデンマークは、様々な分野でイノベーションが起き、ビジネスにも適している国として世界的に注目を集めています。
今回のイベントでは、コペンハーゲン在住でデンマークのインキュベーションオフィス「BLOX HUB」で働く蒔田さんとヨーロッパのヘッドオフィスとしてデンマーク進出を決めたガーデンエイトの野間さんに、“なぜデンマークに行く事を決めたのか?”をお聞きし、デンマークの魅力を紐解いていきました。

野間 寛貴

1985年3月25日生まれ。2011年に利倉健太、大工原実里と共に、WEBデザイン会社 LETTERS を設立。 所属メンバーが、AwwwardsFWAなど欧州を中心に海外のオンラインWEBデザインアワードを多数受賞。2016年にLETTERSとしての 活動を終了し、“Garden Eight”を始動、2017年より活動を本格化。 拠点は浅草橋。

蒔田 智則

1980年6月26日生まれ。 環境に優しいサステイナブルな建物をデザインする視点からさまざな建築プロジェクトに携わる環境設備エンジニア。空気のエンジニア。ロンドンの歴史的な街並みに魅了されて渡英し、歴史的建築物の保存や改修について学ぶ。その後、デンマーク人との結婚を機にデンマークに移住。デンマーク工科大学院で建築工学修士課程修了。2017年より現在の会社、ヘンリックイノベーションで働く。コペンハーゲンを中心に、多くの建築家たちとコラボレーションを行っている。

なぜ今デンマークで働くことを選んだのか

今田憲一(以下 今田):まず野間さんにお伺いしたいのですが、なぜデジタルの会社がデンマークに行こうと思ったのかをお聞きしたいですね。

野間寛貴(以下 野間):そうですね。うちはウェブサイト制作を生業としていますが、インターネットの面白さをより強く味わい、楽しむには、日本語圏の仕事だけに満足すべきではないと考えていました。また、ウェブサイト制作における表現の一線はヨーロッパだと感じていたこともあり、まずはヨーロッパのどこかに拠点を置こうと思いました。

その中でデンマークを選んだのは、デンマークの人々が、自分も含めて人間が気持ちよくなることに本気で取り組んでいる雰囲気を感じたからです。デンマークは本当に本当に寒いところで、陽が当たる時期も時間も少ない。厳しい環境の中だからこそ、どうやったら自分が幸せに生きていけるかということを、皆がしっかり考えているように感じました。

過去の慣習にも囚われることなく「自分にとって、皆にとって何が気持ち良いのか」を前向きに深堀りし実践していく姿が自分の中でとてもしっくりきたんです。

蒔田 智則(以下 蒔田):個人主義的なところがある。隣の人が何をしていても気にしないところがありますね。

野間:あるマーケットにコーヒー屋があったのですが、陽が照ってくると、店の壁を店員が操作して、ガレージのシャッターのように上げはじめるんです。店内のお客さんがしっかりと陽を浴びれるような設計になっていたんですよ。店内に光が差し込むと、皆が笑顔になって会話も弾んでいるようにみえました。建物を単なる箱として認識せず、その場にいる人間が気持ち良くなれる環境を作っているんだというように感じました。

蒔田:デンマークは冬が長くて暗い時間が長い。ですので、必然的に家の中で過ごす時間が長い。家の中で快適に過ごせるようにというところから考えているのがデンマーク人の国民性なんだと思います。ヒュッゲ(※)という言葉があるように自分の快適さを求めていますね。

※ヒュッゲ:様々な場所でくつろぐ”心地よい時間”や、その”過ごし方”。そこから生まれる”幸福感や充実感”。 そのような時間や心の持ち方を大切にするデンマークでは、それを「ヒュッゲ(Hygge)」という言葉で表します。

野間: もうひとつ気に入っているのは、デンマークのデザインです。デンマークのデザインについては、デンマーク大使館の中島健祐さんが書かれた「デンマーク・デザインの本質とこれから」という記事の内容がわかりやすく印象的だったので、引用させていただこうかと思います。いわく、デンマーク・デザインのエッセンスとしてあげられるのは『革新』『庶民の役に立つ』『簡素』『機能美』『美しさと気品』の5つ。

まず一つ目に『革新』、これは皆さんご存知かと思います。二つ目が『庶民の役に立つ』。言い換えれば一般の方々のために質の高いものを提供するということだと思うのですが、受け手も素晴らしくて。デンマークの皆さんって著名なデザイナーが手掛けた椅子でも机でも、とにかくボロボロになるまで使い倒すと聞いています。そういった相思相愛の関係が好きだなと。日本人って奥にしまったり、エントランスやらに飾りがちですよね、そしてホコリをかぶる…。そして、『簡素』と『機能美』、これは日本の方々にも親しみやすい概念ではないかと思います。

で、最後に、僕が一番気に入っている『美しさと気品』。言葉で表すのは難しいのですが、アムステルダムのストリート感や、ロンドンのエネルギッシュな感じ、パリの華やかな印象とはまたちょっと違う “美しさ” や “品” をコペンハーゲンで感じたというか。もちろん、美しいものや品をまとったものをつくるには、職人の技能そのものに加えて、クラフトマンシップを重んじる気風も重要だと思うのですが、その環境は十分すぎるほどにデンマークにはあると感じています。

今田:デザインがいいけど使いにくいみたいな話もあるが、デンマークの人にとって、それはそもそもデザインできていないという考え方になりますよね。

デンマークのオフィスや働き方について

今田:蒔田さんのオフィスのあるBLOXもとても面白いですよね

蒔田:BLOXはOMAというオランダの設計事務所が建てたブロックを積み上げたようなデザインになった建物です。この建物の中に我々も入っているコワーキングスペースBLOXHUBがあります。このユニークな形は、デザインにうるさいデンマーク人の間では、格好の議論の標的になるのですが、実際にここを使っているBLOXHUBの利用者はこの機能にとても満足しています。

そもそもコペンハーゲンは、いま世界の様々な都市で急速に行われている都市再開発によって、都市の個性がなくなってしまうことに危惧しています。そこでBLOXHUBでは、都市型のイノベイティブなアイディアを持った企業を集めて、ここから新しいビジネスを生み出していく事を目的としているコワーキングスペースです。

現在建築業界では、環境に優しい建材として木の使用が再度注目を集めています。日本の住宅は大半は木造です。そこで培われた経験をもつ僕たちの技術は、嬉しいことに、このコワーキングスペースでも多くの注目を集めています。これから大きなビジネスチャンスがあると思っています!

街の未来について考えている企業だけが入れる。某大手アパレルメーカーが入ろうとしたが審査で入居できなかったりとかもありました。そういった前提があるため、入居者同士すぐに共通点も見つかりやすく、新しいビジネスが生まれやすいと思います。BLOXHUBは仕事の場所を提供するのもそうですが、この中で新しいビジネスを作っていく事にも力を入れています。「マッチング」と私たちは呼んでいるのですが、入居者同士を繋げるためのワークショップやレクチャー、毎月最後の木曜日は仕事の後、入居者のためにコワーキングスペースの一部がバーになります。

蒔田:これはオフィス内にあるコペンハーゲンでどこに自転車が走っているかを可視化した地図。データでみるとわかりづらいものをビジュアライズして誰にでもわかりやすい形にしています。

今田:日本だと頭がいい人だけがデータを見ることができるようになっていますが、みんなで可視化してみてアイディアを出し合えるようにしていますよね。

あとBLOXはどこいっても心地のいい温度と環境でしたね。ここまで考えているのがデンマークのデザインだなと思いました。

蒔田:見た目が美しいだけではなくて使って心地いいかというのかや長く使えるかをとても大事にしますね。

残業せずに仕事できるのはなぜなのか?

今田:デンマークは時間あたりの労働生産性が世界5位とトップクラスというデータも出ていたり、労働時間で見ても圧倒的に少ない中どのように働いているんでしょうか?

蒔田:私の場合は共働きで子供がいるので、子供を迎えに16時にはオフィスを出なくては行けない。このプレッシャーが生産性を上げていると思います。15時過ぎに迎えに来る親御さんもいるので、ほんといつ仕事してるんだ?って驚くこともあります。

MTGの時間を短くするなど工夫していることはあるが、すごい解決策があるわけではなく、様々な効率化を積み重ねている結果だと思います。あと、やっぱりオフィスの快適な空気が生産効率を上げているんだと思います(笑)

<ここで会場からデンマークの会社で働いていた経験があり、今は日本支社で働いている参加者の方からもコメントがありました。>

会場参加者: デンマークの人は物事をシンプルに考えようとする。やることにとてもフォーカスをしていると思います。これがとても大事と思ったことに集中してそれ以外を捨てるくらい極端なくらい強い思いがります。

あと先ほど蒔田さんがおっしゃったように、デンマークの人は家庭を大事にするためタイムプレッシャーを日本人以上に感じると思います。

野間:みんな早く帰っていると昔聞いたときは、ゆったりお茶して〜とかで仕事に余裕がある印象だったのですが、少なくともいま一緒に仕事をしている人は9-5時まで超絶働いていますね。ゆったりというよりは、決まった時間内で凄まじく働くという感じです。

蒔田:ランチも時間をかけずに20分くらいで終わらせますよ。

野間:ストイックですよね。

野間:ちなみに、僕も新しい家族が出来てから、午前中は家事、13時に出社、週に1,2回は17時過ぎに会社を出るという生活を送っています。仕事をしている時間は大幅に減りましたが、以前に比べて壮絶な感じにはなりました笑。まあ、それぞれが効率的に、適切に動ける環境を自分で考えていけばよいと思っています。

あ、そうだ。あと、面白いなと思ったことは、デンマークの方はイベントなどの集まりを朝にやったりします。僕が経験したのは、9時からの開催だったけど、そこから出社したのかな。次が詰まってるから、会も無駄に長引かないし、わりと効率的な印象でした。

デンマークの暮らし方 -エコビレッジについて

今田:前回デンマークに行った際にエコヴィレッジという場所で暮らしている人がいるというのもとても興味深かったです。

蒔田:エコヴィレッジは戸建の住宅と集合住宅の間のようなもので、庭など共有部分をシェアしながらプライベートスペースを確保しているコハウジングという建築手法で建てられた20-30ぐらいの建物の集まりです。

デンマークって九州くらいの大きさにしかないのに、その中に約100くらいのエコヴィレッジがある。そう考えるといっぱいありますよね。 

 そこで、自給自足をしたり、村のメンテナンスなど助け合って協力して作業したりしています。エコヴィレッジは本当に郊外の何もないようなところを開墾して出来たような村から、都市型で駅に近くて、そこから仕事に通う人もいたりするような村まで色々な村があります。

今田:入りたくても入れない。出る人もそんなにいないんですよね?

蒔田:そうですね。一度入ると出ない人が多いみたいですね。離婚率の高いデンマークならではだと思ったんですけど、離婚しても同じエコヴィレッジの別の家に住んでいる人もいるみたい。ウェイティングリストが5年くらい待たないと入れないところもあるみたいです。

若い家族で子供ができて、もっと自然に近いところで生活したいと思う人や、定年でリタイアした人が移住したりとか、様々な年代の人がエコヴィレッジには住んでいる印象です。日本では老人の孤独死などが、テレビのニュースになったりしますが、共同作業が多いエコヴィレッジでは、まずそういった事はないと思います。

環境問題について

蒔田:あと日本とデンマークだと環境問題の意識がすごく違うなと思います。日本だとまだまだ温暖化や気候変動など、何か少し他人事のような、信じるか信じないかみたいに語られているように感じました。デンマークでは環境問題は今目の前にある大きな問題だという認識のもと、多くの場で話が行われています。

今年は多くの機会で環境について考えさせられました。3月ごろから始まった子供たちの学校に行かないストライキ、そして環境マーチなど。市民レベルの環境への意識が大きくなってきているのを感じました。

そしてデンマークでは、今年の5月に総選挙がありました。近年20年ぐらいは、デンマークの政治の第一の争点は常に移民問題でしたが、今回の総選挙では、与党も野党もマニュフェストの第一に環境問題を定義してこの選挙にのぞみました。結果としては、野党であった左派の社会民主党が勝利し、デンマーク史上最年少のわずか41歳でメッテさんが首相になりました。

この勝利によって、今まで意識の高まってきた市民からのボトムアップが中心だった環境問題への対策が、政治が変わることによってうまれるトップダウン式の対策も取られるようになっていくと思います。デンマークはこれからさらに環境立国としてスピードを上げていくと思います。

みんな環境問題について話したがっているから僕自身ももっと勉強していかないとなと思っています。

会場の質問

最後に会場からの質問にいくつか答えていただきました。

個人主義という話と孤独死がないというところがつながっているようでつながってない気がしたのですが、どういうことでしょうか?

蒔田:個人を突き詰めて行くと寂しさが嫌だというところに行き着くのかなと思います。自分が苦しいなって思うことを全力で避けにいくのだと思います。日本人は我慢するけど、デンマークの人は我慢しない。

個人主義(個を尊重する)とコミュニティを重要視するのは相反しているわけではなく、相手に対しての許容があるということだと思います。エコヴィレッジでもお互いのプライベートは干渉しないが、助け合う必要があるときには助け合うという精神がありますね。

デンマークで仕事をしよう、生活をしようと思ったときにまず何をしたか?

野間:僕の場合は、会社としての進出なので、まずは登記を。設立自体は簡単だったんですよね。その後、ちょっと苦戦していますけど笑。

あとは、デンマークに住む方や、デンマークを知る日本の方たちと仲良くなることを心がけました。蒔田さんもそのひとり、デンマーク大使館もそのひとつです。知っているコミュニティが現地にあるということは、かなりアドバンテージになると思いますよ。

蒔田:実際デンマーク来ると仕事が見つからないという話も聞きますね。仕事を探すためにインターネットで探しても見つからないという人も多く、知り合いの紹介で見つける人の方が多いです。

デンマークはまだまだ小さいので人の繋がりを大事にするところがあります。できるだけ自分の殻にこもらずオープンにしておくということが大事だと思います。

※当日答えられなかった質問の答えについては以下の記事に掲載していますのでこちらもぜひご覧ください。

【Q&A編】トップクリエイターたちが北欧デンマークに往く理由
https://elavani.com/interview/event2019112501/