部屋に籠らず、家族や日常とゆるやかにつながる場所で
絵を描き続ける絵本作家の松村真依子さん。
自分ひとりの時間をつくるよりも、
いましかない時間に浸るために選んだ
リビングのアトリエという真依子さんの居場所について
お話をうかがいました。

リビングの特等席

「家族と仕事。それぞれがゆるやかにつながったこの場所で絵を描くことが、いまはいちばん心地がいいかな」

そう話すのは、ふたりの子どもを育てながら、創作活動と向き合う絵本作家の松村真依子さん。彼女はいま、気持ちのいい陽射しが差し込むリビングの一角で、日々、家事のかたわら絵を描き続けています。

「物心がついたころから絵を描くことは好きでしたね。ページをめくるとカードが飛び出したり、折り畳まれたページに何かが書かれていたり……、“紙を綴じたもの”に惹かれて、小さいころから『いつか自分も本をつくりたい』という想いをもっていました」

真依子さんが絵本作家として本格的に仕事を始めたのは、いまから5年ほど前。ただ、絵本をつくることは、思い出す限りでも高校生のころから取り組んでいました。やがて大学生になると、絵本をつくり、コンペに出品したり、ギャラリーで個展を開いたりと、より創作活動に打ち込んでいきます。

その集大成ともいえるのが、大学4年生のときにイタリアのボローニャで毎年春に開催される、児童書のイラストレーションを対象にした国際コンクールであり、新人作家の登竜門とも謳われる「イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」での入選です。真依子さんは一歩ずつ、そして着実に絵本作家への道を歩いていました。

心の天秤のバランスを保つために

そんな真依子さんには、写真家である夫の隆史さんとの間に、ふたりのお子さんがいます。とても自然体で仕事と向き合っているように感じる真依子さんが、アトリエに籠るのではなく、リビングの一角で絵を描くスタイルに辿り着いた背景には、家族の存在が大きいようです。

仕事をするときは、「ものすごく集中する」というよりは、いろんなことを同時にすることが多いという真依子さん。キッチンで家事をしたり、子どもたちと喋ったり……いろいろなことがゆるやかにつながっているなかで、仕事をしています。

「絵本づくりの活動が本格化し始めたときは、まだ子どもたちから目が離せない時期。思うように絵を描く時間がつくれないから、朝3時とか4時に起きて、まだみんなが寝ている間に絵を描いたりしていました」

日中の子育てと早朝の創作活動。体力的には辛かったですが、そのときは気持ちのバランスをとるために“必要なこと”だったと振り返ります。真依子さんにとって、「気持ちのバランス」がひとつのキーワード。自分なりのスタイルを確立したいまも、仕事が立て込んで切羽詰まってしまう時期こそ、気持ちの健康を大事にするようにしています。

「掃除をする時間が惜しいくらい忙しいときも、ほどほどに掃除をします。掃除ができていないことが気になって、かえって自分の気持ちが不健康になってしまうんです。やらなくても誰も何も言わないんですけどね(笑)。料理にしても、毎日ちゃんとつくらなければとか、毎日お惣菜を買って済ませるとか、どちらかに偏ってしまうのも気持ちが辛くなるから、『今日は手の込んだものにしよう』とか、『今日はお惣菜を買っちゃおう』と常に気持ちと時間のバランスを探るようにしています」

それは、心が穏やかでいられるポイントがどこにあるのか常に探り、どちらかに傾いてしまった天秤が水平になるように自分で重りを載せてバランスをとっているかのようです。かつてのように無理をして夜中に自分の時間を捻出していたころと比べて、いい意味で器用になったのかもしれません。

「子どもが成長したのも大きいと思います。小さいときは子育ての比重が大きいから、バランスを取るためには同じくらい大きな重りが必要で、それが夜中の作業でした。でも、いまは子どもが自分のことは自分でやってくれるようになって比重も軽くなったので、微調整ができるようになってきたんだと思います」

もうひとつは、新しく家族に加わった小鳥の「もんちゃん」の存在。お子さんが「生き物を飼いたい」と言ったことがきっかけで飼い始めた小鳥です。

「何気ないことでしたが、家族みんなにとって本当にいい影響があります。みんなでひとつの話題ができるし、例えば誰かにイライラするようなときも、もんちゃんがクッションになってくれる(笑)。お互いに向けていたトゲトゲしたものを、ふわっと和らげてくれるんです。コロナ禍で世界が大きく変わったいまも、もんちゃんは前と変わらず、水浴びをして、ごはんを食べる。毎日のルーティンを変わらず続けているもんちゃんを見ると、心が落ち着きます」

家族との波打ち際、自分だけの箱庭

真依子さんがあえてリビングで絵を描き、家族との時間、お子さんとの時間を大切にする理由をこう話します。

「子どもはまだ小学4年生と5年生なので、たくさん話したい年ごろですから、いまはそれを大事にしたい。もちろん絵を描くことに集中したいときもありますが、ゆるやかに全部がつながっている感じが、いまの私には心地がいいんです」

それでも仕事が立て込んで、子どもの相手をしてあげられないときもあります。そんなときも、ただ黙って仕事をするのではなく、いま忙しい理由を説明してわかってもらうようにしていると真依子さん。

「『仕事中だよ』ってなんとなく察してもらえるように、布を1枚たらしてゆるやかな壁を背中につくることもあります。1枚布があるだけで、リビングにいる夫や子どもの気配が気にならなくなって、すっと自分の世界に入ることができるんです」

真依子さんにとって生活と仕事が溶け合う場所である家で、どんな時に心地よさを感じるのかを聞いてみると、デスクにちょうど良い角度で陽が差し込む、お昼(12時前後)の時間という答えが返ってきました。それは自分以外の生活音がしない静かな時間。

「自分中心で動けるお昼の時間は、仕事に集中できるゴールデンタイムでもあります。特に仕事のスペースは窓辺なので、きれいな光が入ってきて、ポカポカと気持ちよくなります。窓を開ければ風も抜けるし、外の木には鳥も飛んできます。家の中でもいちばん環境的にいい場所かもしれません」

真依子さんの“特等席”である絵を描くデスクには、ちょっとしたこだわりがあります。それは、「好きなものだけしか置かない」ということ。

「家族で暮らしていると、部屋の中は家族のものが混ざってしまいますが、自分のデスクの上と本棚だけは自分の好きなものだけを置いています。箱庭のような畳2枚分くらいの小さいスペースですが、自分の好きなものに囲まれると、心が満たされる。自分らしさを保つ場所になっています」

居場所づくりに強いこだわりのある真依子さんですが、それでもアトリエがほしくなったりはしないのでしょうか。

「そうですね……いまはまだ必要ないかな。うちはふたりとも女の子なので、3人でいると友だちみたいにずっと喋り続けています。自分がそうだったように、いずれ親が疎ましく感じる時期が訪れるまで、喋りたいと思ってくれているいまの時期を大切にしたいから。創作に没頭する「自分ひとりの時間」も大事ですが、それだけではダメで、こうして家族と過ごすのも心地いいバランスを取るための必要な時間なんです。ただ、あと1〜2年もすれば娘たちも中学生。そのころには、仕事に集中できる場所を構えてもいいかな、と思ってもいます」

松村真依子

画家、絵本作家。奈良生まれ。京都精華大学でヴィジュアルデザインを専攻。2009年イタリア・ボローニャ国際絵本原画展入選。出版物として『あなたはせかいのこども』(ほるぷ出版)、『わたしはしらない』(えほんやるすばんばんするかいしゃ)、『愛蔵版絵のない絵本』(岩波書店)のほか、私家版の絵本を多数制作。娘ふたりを育てながら、制作をしている。