• テキスト:飯嶋 藍子
  • 撮影:西 あかり

eläväniを運営する北欧インテリアショップ「greeniche」代表の今田が暮らしの一部のように仕事を楽しんでいる様々な方に「豊かに働き、豊かに暮らすためのヒント」を伺っていく企画。

第3回目でお話を伺ったのは、代々木上原のフレンチレストランMAISON CINQUANTECINQ をはじめ、カジュアルフレンチのAELU、居酒屋LANTERNEなど人気の飲食店を展開する株式会社シェルシュ代表兼エグゼクティブシェフの丸山智博さん。食を中心とした興味の広がりや、そこから培ったバランス感覚優れるもの選びのセンスの源についてお伺いしました。

丸山智博

〈シェルシュ〉代表。プロデューサー。1981年生まれ。長野県出身。
代々木上原のフレンチレストランMAISON CINQUANTECINQ をはじめ、
カジュアルフレンチのAELU、居酒屋LANTERNEなど
人気の飲食店を展開する株式会社シェルシュ代表兼エグゼクティブシェフ。

今田 憲一

北欧家具輸入代理店や自社工房のオリジナル家具を用いながら、ポジティブになれる空間提案をおこなうgreeniche代官山の代表者。リクルート社グループを経て2003年から山陰地区に移住、独立。暮らしのインテリアが持つ力に気づき、日々の暮らしを充実させることで生まれる「内面の豊かさ」や「ライフスタイル」によって、「人生設計」や仕事の「やりがい」も変わると実感。世界各地の知恵や発想、素敵なデザインや商品を日々探索。様々な国の暮らしを学びながら、ただ真似をするのではなく、日本独自の暮らしや、スタイルを模索し、提供したいと考える。

いかにフレンチを日常に近づけられるか? 29歳での独り立ち

今田: 丸山さんのやられているお店を見ていると、ロジックではなく「いい」という直感をすごく大事にされているんじゃないのかなという印象を受けたんです。自分が素敵だなと思うものをセレクトする力がすごくあるんじゃないかなと。改めてお店を始められた経緯から、丸山さんのセンスについて伺っていきたいなと思っています。

丸山さん(以下敬称略): まず、お店を始めたのは、2010年、29歳のときです。業界的に、独立するにはちょっと早めの時期に、代々木上原でMAISON CINQUANTECINQをオープンしました。今とやっていることは多少ちがうんですけど、ベースは変わらず、カジュアルにフランス料理を提供するというテーマで始めたお店です。その時期って、ちょうどパリでもちょっとムードが変わり始めたんですよね。クラシックなフレンチレストランで修行していた子たちが独立して、内装を含め自由な感覚でレストランやビストロをやりだしていて。だから、僕もそれをイメージしながら、自分がやってきた定番のフランス料理をカジュアルに提供しようと思ったんです。

今田: 職人の教育が整っている料理の先進国のフランスで、やっと新しいスタイルが出てきたという段階では、日本でそれを再現するのはまだまだ難しかったんじゃないですか?

丸山: うん、今でも難しいと思います。フランス料理ってもともと、日本の先輩たちがつくってきたイメージが強かったり、晴れの日のイメージがあると思うんです。いくらカジュアルといっても、赤提灯のお店に行くのとワインを飲みに行くのってやっぱりちょっと違うじゃないですか。それをどうやったら、パリでみんながワインをカジュアルに飲んでる姿、つまり「日常」のものにできるのかなと試行錯誤して。僕は、質はキープしながらもカジュアルにやりたいと思っていたので、そういう意味では、居酒屋のLANTERNEは理想に近づいている自覚があって。

今田: 日常っていう観点が、LANTERNEが一番近いということですか?

丸山: そうですね。でも、テンションはどの店舗も一緒なんです。ワイワイガヤガヤしていて、人が集まって笑顔でいて、お酒があって、みたいな。でも、出しているものだけが違うっていう感じですね。 ファッションと違って、僕のやっている飲食業態のターゲティングは性別や年齢、職業などは特にしていません。

でも、単価も変わってくるので、それぞれの強さを打ち出すためには、ある程度お店ごとに違いは明確にしています。AELUはお酒を飲んでごはんを食べたらだいたい6000〜8000円くらい。でもLANTERNEだったら3000〜4000円でも楽しんでもらえる、とかね。僕が表現したいトータルのムードや空間のバランスも違うので、それはひとつのお店では表現できないという理由もあります。AELUはワインを楽しんでもらいたい、LANTERNEはビールやハイボール、そういうところでも当然一緒にはできなかったり。あと、シンプルに店づくりが好きなので、楽しいっていうのもあって(笑)。

今田: それって丸山さん自身がお客さんのなにを見たいと思っているのかがすごく反映されているように感じます。だから、全部同じテイストっていうよりは、いろいろとわけたほうが、お客さんのいろんな面が見えますし、人が幸せになることもそれぞれにかたちが違うから、いろんな手を持っていたいと思ったんじゃないかなって。

丸山: うん、単純に居酒屋もフランス料理も好きだし、カジュアルなフレンチも三つ星レストランも好きだし、自分がそこに行って豊かだなとか楽しいなと思うことを提案したいんです。別に家がお金持ちで店をやれてるとか、そういうわけではないから、みんなと同じ感覚は持っていると思っていて。だから、自分がいいなと思ったことは、きっとみんなも喜んでくれるっていう自信だけはあるんです。でも、今も難しいなと思うことは多くて。少しずつ大きくなっていくうえで、勉強しなきゃいけないことも増えたりして(笑)。

音楽、ファッション、アート、インテリア……インプットは食以外から

今田: そうやって少しずつ学びを結実させながら、大きくなって、店舗をわけられていって、それぞれのお店がユニークになっていると思うんですよね。ユニークなんだけど、丸山さんのバランス感覚が光る、統一感のある世界観でもあって。丸山さんはものを選ぶ基準をどう設けて空間づくりをしているんですか?

丸山: 僕は、ファッションとか音楽とかインテリアとか、別の分野で得たインプットを、食というシーンで表現するのが好きなんです。 僕は音楽が好きでレコードショップのカフェで働いていたこともあって、ロンドンで10代の子たちが聴いている音楽とか、NYで今鳴っている音楽みたいな、そういうユースカルチャーはずっと好きです。

多種多様な職種の人たちが、ひとつの音楽が好きっていうことで集まって遊んだり、情報交換することがすごく楽しくて。今は10歳下の子とか、若い子たちと遊ぶことも多いです。お互いが対等に会話することで、優れた感性や思考を持っていることに嫉妬もあるし(笑)、 日常的にワインを飲んでいない若い子とグラスを交わしても楽しみを共感できる子達っていて、すごく刺激になるんですよ。 もちろん先輩たちから学ぶこともあるし、若い子たちから教えてもらうことも多いです。

今田: なるほど。じゃあそこから吸収してきたものをお店の世界観づくりとしてアウトプットしている?

丸山: そうですね。ものづくりも料理も好きだし、いろんなクリエイティブの組み合わせをしたいんです。僕はそれを食事で表現したい。あくまで軸は食事で、こういうときにこういうBGMが鳴っていたらいいなとか、こんな椅子だったらいいなって広げていく感じです。インテリア雑誌とかを見て「ここに料理が並んでたら良さそうだな」とか、建築物を見て「ここにテーブルがあって、こんな料理を出したら、こういうレストランになるから素敵かも」とかね。だから発想の最初にはなにかしらの「違和感」があるかもしれないです。なんか気になるな、みたいな(笑)。そこから考えていって、「これだ!」と思ったときにお店としてかたちにしています。

今田: 違和感を分解していくんですね。

丸山: そうです、そうです。 音楽も好きな曲のジャンルを聴くというよりは、ちょっと引っかかる違和感のあるものを聴くタイプなんです。僕の中で違和感は大事ですね。

テーブルの上からデザインしたAELUの空間づくり

今田: AELUはどういうふうに空間づくりをしたんですか?

丸山: イメージソースは、デンマークの108 (ミシュラン2つ星を獲得した世界的レストランNOMAの姉妹店)です。器を扱いたいと最初から思っていたので、作品があって、そのフレームになるような上質でシンプルな空間がいいなと思っていました。料理人として、器ってクリエイティブの源でもあるんです。器に気持ちがこもっていると、そこに負けちゃだめだっていう気持ちにもなるんですよね。器を扱う前から、お店でオーダーしたり窯元に行ったり、いろんな作家さんとコミュニケーションをとることがあったので、お客さんにもそのストーリーを伝えられたらなと。老舗ギャラリーはちょっと敷居が高いかもしれないけど、自分たちの感性で器を扱えたら、ちょっと興味があるくらいの人でももっと好きになってもらうきっかけにもなるなと思って始めました。

今田: 器そのものがお店全体の空間づくりにも影響するんでしょうか?

丸山: うん、最初は空間からではなくて、テーブルの上から考えているんですよ。お客さんが向き合うのって、椅子に座って見えるテーブルの上の景色じゃないですか。そこのサイズ感や質感、テーブルの上の最小限の視界が一番大事で、そこからちょっとずつイメージを広げていくんです。そういう空間づくりの視点は、料理人ならではなんじゃないかなと思います。やっぱりストーリーを広げていくっていうのは大事で。ここのライトも、 もともとAELUで作品をお取り扱いさせていただいている内田 悠さんという北海道の木工作家さんのものなんです。ライトだけしっくりくるものが見つけられなかったときに素材が木だといいかもということでつくってもらいました。

今田: 空間づくりの中心であり、丸山さんのクリエイティブの軸である、料理のメニューを考えるときはどこから発想していくんですか?

丸山: メニューを考えるときも、まずは素材からですね。この間、熊本の柑橘農家さんを訪ねたんですけど、そういう出会いによって、気持ちがこもったいいものができるし、ストーリーも生まれてくる。まずは素材と、そのつくり手の思いを受け取って、バランスを見ながらメニューをつくっていきます。逆に言うと、僕はゼロから料理はつくれないなと思っていて。だから、まずは素材を探して、その出会いによって生まれた感覚に、なにかを足したり引いたりしていきます。

いい出会いを繋ぐための丸山さん流のアンテナの張り方

今田: とはいえ、素材のほうから丸山さんのところにやってくるわけじゃないじゃないですか。ピンとくる素材に辿り着いたり、それを見極める方法ってどんなものですか?

丸山: アンテナを常に張ろうっていうのは意識していますし、そう意識して動いているとなんとなく集まってくるようになりましたね。少ない情報でもちょっとずつ選べるようになってきたというか。きっとこの人はいいものづくりをしていて、きっと美味しいんだろうなって思うところには、やっぱりいいものがあることが多くて。 それは本当に感覚的にキャッチするものですね。

今田: そういう感覚が繋がっていって、また情報も入ってくるだろうし、いい出会いも増えていきそうですね。

丸山: そうですね。そういう循環は大事にしたいです。生産者がいて、料理人がいて、お客さんがいて、それがまた生産者に戻って、お金ももちろんですけど、喜びもしっかり循環させていきたい。それは情報を入れすぎてしまうと難しいこともあるので、「いい気がする」っていう直感や嗅覚は大事にしたいですよね。

今田: わかります。本当のものもそうじゃない情報もいっぱいあるし、得ようと思えば思うほどフェイクにぶち当たることもある。だから、自然な感覚だけでやったほうが結果的にいいものが生み出されることもありますよね。ちなみに、器は実際に買って帰るお客さんもいるわけじゃないですか。丸山さんご自身はそういうものをプライベートに取り入れることで、どういった作用があると思いますか?

丸山: 日常のなかで料理って日々のノルマになってしまう瞬間ってあると思うんですよ。 ただ満たすためにやる、みたいな。でも、自分の好きな器が家にあるだけで、今日はあの器を使って料理したいなとか、日々の生活の豊かさのベースになし、それだけで楽しさが増えると思います。飲食業じゃなくても、生活のなかで大切なものになるんじゃないかなって。

今田: 音楽やファッションがお好きなのとも繋がりますよね。起きてこの音楽をかけて気分をちょっとあげようとか、今日はこの服を着ておでかけしようとか、そういう前向きな行動のきっかけになるというか。

丸山: そうですね。豊かさってそれぞれに違うけど、僕自身、いろんな出会いがあって、世界が広がってきたので、僕も誰かにとってそういうきっかけになれたらいいなって思っています。うちでずっと器を買い続けてもらいたいっていうよりは、もっと器を好きになって、いろいろな好きや楽しさを広げていってほしいです。

あくまで料理人。丸山さんが得たい日々の喜びとは?

今田: そういう意味ではオンのときに集中するだけでなく、オフのときに体験したいい感覚や、遊びのなかで見つけたものを仕事に活かすことも多いんじゃないですか?

丸山: そうですね。だから、オンとオフの境目はあんまりないかも。もちろん休むんですけどね(笑)。そもそも、僕らがやっているのが遊びをつくることなので、自分がいいなと思ったことじゃないと絶対に表現できないから、いっぱい楽しむことは意識しています。僕は、年に1回くらい海外に行くんですけど、お店自体を1週間休みにするので、スタッフにもいろいろ吸収しに行ってもらいたくて。パリに行くと、自分がやっていることの答え合わせにもなるし、あとは「やらないこと」を見つけることもできるんですよ。というのは、もうすでにあることは別にやらなくていいというか、「これは違うな」って確かめられる。それがわかると、自分のやるべきことが明確になりますよね。海外のいいものは取り入れつつ、日本人として、日本、東京でなにをすべきかという気づきはすごく多いです。

今田: 今、丸山さんはLANTERNE2店舗、AELU、MAISON CINQUANTECINQとお店を持っていらっしゃいますが、ほかにはどんなところでそのインプットを活かしているんですか?

丸山: 店舗以外には、ケータリング業務、メニュー開発などのプロデュース業務をやっています。ひとつのことを集中してやるというよりは、考えることがレイヤードされている感じです。今日はプロデュースしているコーヒースタンドの面接に立ち会ってきました。今週末は福岡でディナーイベントがあるので、その食材を買ってきて、夜仕込みをして、明日福岡に送って……結構ふわふわしてるとヤバい状況です(笑)。

今田:すごい盛りだくさんですね(笑)。ひとつのことをやるより、いろんなことを同時にやるほうが向いているタイプですか?

丸山: いやあ……ひとつのことにしたいなって思ってるんですよ(笑)。最近は厨房にもっと入りたいという気持ちが強いです。「料理をしているのが自分」という意識があるし 、その姿こそが自分らしいと思っています。

手を動かしていたいし、そうしないと他のバランスも全部崩れてしまう。あと、単純にお客さんを喜ばせたいんですよね。厨房に立って、その喜びが毎日訪れてくるのは、今でもすごく嬉しいです。

Q.あなたの仕事をする上でお気に入りの場所 or ものはなんですか?

A.成田周平さんの器。

23歳の若手陶芸家の成田周平さんの器は、成田さん自身が好きな土器のように手で成形されていてプリミティブな要素もありつつ、デザインが洗練されていて気に入っています。パッションを感じるし、釉薬の色の感じも素敵で、「こういう器に料理を盛りたい!」と料理のインスピレーションも生まれます。